「ねぇ佐助くん。これ、嘘だよね。」 「んー?」 「私、佐助くんのことっ」 アントニムの審判 「好き、の反対は。」 「嫌い。」 「あ、なんかショック。」 大きな夕日が教室を真っ赤に染めて沈んでいく。普段はモノクロに見える気さえする床も机も俺たちを困らせる紙屑も今は赤く色づいて、目の前の軽薄そうな(否、実際に軽薄か)男の頬も、殴られたことを隠すくらいに赤く染まっていた。 「自分で聞いといてショック受けてるんじゃねぇよ。」 「だって政宗に嫌いって言われるの予想以上のショックだったから。」 がたんと音を立てて佐助がイスに座る。俺もその横の席に座る。 「昔読んだマンガでね、好きの反対は無関心なんだって言っててさ。」 「無関心の反対は関心がある、じゃねぇの?」 「うん。ね。」 マンガだとか小説ってものは、常識を常識で捉えないことをよしとする傾向にあるように思う。常識とは、少なからず正しいと判断されて築き上げられたもんであってそれを否定するということは、つまりまぁ一般的に言えば正しくない見解を示しているということだ。 「で、さっきの子に好きって言われたから、俺は別に彼女に興味があったわけでもないし、てゆうか名前知らなかったし、でもあんま傷つけちゃ悪いなぁと思って、俺は嫌いって言ったのよ。」 『無関心なんかより、嫌われた方がマシよ!』 「いやぁ、あのマンガは嘘だったんだ!って理解したよ。この痛みで。」 「お前馬鹿だろ。」 どうしてもっと、巧く言ってやらないんだろう。こいつならいくらだって優しく振ってやることが出来た筈だ。そう思っていたら佐助がまるで俺の心を見透かしたかのようにふふ、と笑った。 「まぁ何がしたかったのかと言うと、好きの反対が本当に無関心で正しいのか、常識に囚われない考え方は果たして世間にも通用するのかってことだったんだけど。」 夕日で真っ赤な佐助の手が、同じように真っ赤に染まった俺の手を、何か儚いものでも触るような手つきで握った。 「常識は常識。一般論は一般論。正しくないものは正しくないし、そうでない人には通じない。」 『そう』である人。 『そう』でない人。 「政宗だから好きだよ。なんて言葉は『そう』である俺たちだから言える言葉であって、『そう』でない人には何の意味も持たない。だからみんな驚くし、気持ち悪く思うし、騒ぎ立てて、祭り上げられちゃう。」 佐助の目線を辿ると、校内新聞と呼ぶには過激で、携帯で撮った写真をわざわざプリントアウトしているあたり手が込んでいるとも言える、俺たちふたりのキスシーンが載せられた紙屑にたどり着いた。 「こんなことにお金使っちゃって。もったいないねぇ。」 コピーって一枚十円だったっけな。今朝学校に来たときに張り巡らされたこの校内新聞(瓦版としよう)の数を考えるとわりと金を使っているようにも思う。 「ま、俺金持ちだからコピー代くらいなんとも思わねぇけど。」 「はは、」 優しく手擦ってくれる佐助の骨っぽい手が好きだ。冷めているのに本質を見抜いている眼が好きだ。触り心地の悪いでも鮮やかな髪が好きだ。どうしようもなく、好きだ。 「もう、泣かないで。ね?」 歪んだ視界は夕日の所為で真っ赤だ。世界が終わる日、きっと空はこんな色をしている気がする。 「なんで、俺はお前が好きなだけなのに。」 常識とは。一般論とは。普通、とは。 「なんでだろうねぇ。」 いじめはいけない。人の嫌がることをしてはいけない。そんな『常識』誰でも知っていることなのに。 「好き、なのに…」 「泣かないで。お願い。」 涙の溢れる左の瞼にキスをされる。これだけで、幸せだったのに。 俺たちふたりの関係が、好きでないのなら、どうして放っておいてくれないんだろうねと佐助が悲しそうに聞いてくるから。 「好きの反対は無関心じゃないからな。」 真っ赤な夕日を浴びながら、俺たちふたりは出来うる限り集めた校内新聞を真っ赤な炎で燃やした。 prev next |