「寒いな」 「寒いね、」 ざざんと鳴る海。冷たい潮風。真っ暗な、夜の海。 「夜の海って、怖いとかいうじゃん。」 冬の、夜の、海なんて、誰もいなくて。 手を握っても、恭弥は何も言わなかった。 「でも。あんま、そんなことないかも。」 吸い込まれそう、とか確かに思うけど。怖いってのはまた違う。冷たいし、寒いけど、温かいような。 「元より、怖い事なんて、無いよ。」 少しだけ俺にすり寄ってきた恭弥は、寒そうに肩を上げていて、俺は恭弥が寒くないように優しく抱きしめてみた。俺のこの温かいのが伝われば、いい。 「恭弥は怖いもの無いのか?」 「どうだろうね。」 すん、と鼻を鳴らした恭弥は何故だか全てを知っている気がして、俺は少し、謝りたい気持ちになった。 「恭弥、」 ごめんな、 「ねぇ、寒いよ、」 「うん」 「帰ろうよ。温かいスープが飲みたい。」 「うん、」 ありがとう。 「ねぇ、」 手を繋いで、車へ戻る。 黒い、暗い海が、俺を呼び止めるのを振り切るように、強く手を握りながら。 「見ては駄目だよ。飲み込まれたら、泣いてしまうかもしれないよ。」 言葉の足りない恭弥は、それでもやっぱり全てを理解していて、俺を好きでいてくれているのだ。 「見ないよ、恭弥以外。恭弥を泣かせたり、しねぇよ。」 そう言ったら、もう、こんなことよしてね、と少し怒った口調で言われた。 「あー俺来年も恭弥が好きで好きで堪んねぇんだろうなぁ。」 「どうだか。」 「あ!!信じてないな!好きに決まってるだろ。そういう恭弥はどうなんだよ。」 「嫌いだったら、こんなとこまできて、心中に付き合う程僕は暇じゃない。」 ほら、やっぱり。 恭弥は全部分かってて。 「ごめんな。」 「寒い。」 「ごめんな、」 車と海の中間地点で、もう一度抱きしめて、キスして、抱きしめて、車に戻った。 「来年だけじゃなくて、ずっと好きだ。恭弥。生きてる恭弥が好きだ。」 「馬鹿だね、あなた。今更だよ。」 「あぁ、馬鹿だな。」 ゆっくり走り出した車はまだまだ冷気に包まれていて、寒かった。よく響く冷えた車内で、海に向かって呟く、恭弥の小さな一言が耳に届いた。 さよなら、この人はまだ、あげないよ。 [*前] | [次#] |