小説 | ナノ
ベランダ



▼雰囲気小政要素あり。

毎日お花にみずやり
あなたを思ってみずやり
気がついたら柵越えて
会いに行こうとしていたの


引っ越したての俺の部屋。ガラスのテーブル、黒のソファ、ベッド、パソコン、間接照明、そして隣人の歌声。

「あーっもううるさくてかなわないよ!」
「そのお隣さんか?」
親ちゃんが興味なさそうにブラックを啜り訊いてくる。俺の死活問題なんだからもう少し真剣に聞いてくれたっていいと思う。
「親ちゃんにはわからないんだ。毎朝五時くらいから理解しがたい電波な曲が流れてくるの。ベランダで歌ってるんだよ?たまに奇声もあがるんだよ?完全に厭がらせじゃない?」
歌が聞こえる時間、俺はベッドで堪え忍んでいるから未だかつて隣人の姿を見たことがないが、選曲からしてお年寄りって感じではない。
「そんな気になるなら一回ちゃんと注意しろよ。それでも駄目ならまた考えろよ。」
「えーなんか刺されたりしたらどうしよ。」
「三日お前から連絡なけりゃ警察呼んでやるよ。」
三日も経てば死んでると思うけど確かに親ちゃんの言うとおりで、ここはもうちゃんとお話するしかない気がする。

そういうわけでただいま午前五時十分を過ぎたところ。冬の早朝ってなんでこんなに寒いかな。聞こえてくるのは暖房が稼動する音と、隣人の歌声。ひやりとした桟に手を掛け思い切って窓を開ける。
「あ、の、」
まだ薄暗いベランダに、光るものは煙草の火だと気がついた。俺の戸惑いがちな呼びかけに、パジャマにガウンを羽織って如雨露を片手に狭いベランダに作られた家庭菜園場に水をやっていた隣人はゆっくりとこちらを振り向いた。
「Ah?」
脳内で、先ほどまで彼が歌っていた曲が流れる。変な曲だ。
「あの、さ、寒いですね。」
「冬、だからな。」
そう答えると俺に背を向け彼は再び野菜に水をやる。時折見える横顔の睫の長さや鼻筋の美しさに俺はバカみたいにほう、と息を吐く。おかしいな、今日はガツンと言うはずなのに。
「毎日、早くからやってるんですね。」
「あぁ、まぁな。」
水をやり終えた彼がすうと煙草を吸いながらこちらを見た。やっぱり、見間違いなんかじゃなく、美人。色は白いし、髪は無造作なのに艶やか。
ぼうっと見とれていると隣人は灰皿にぐり、と煙草を押しつけちょっと待ってな、と部屋に戻る。あれあれなんかおかしい。俺は寒いベランダに一人。
「ん、」
数分経つと隣人がマグカップ持って戻ってきて、その片方を渡される。Kと書かれたマグカップに口をつける。ブラックコーヒー。隣人は同型のMと書かれたマグを持っていた。
「家庭菜園、趣味なんですか。」
変にあいた距離を埋めるように話しかける。隣人は恋人の置き土産、とふっと笑った。
「本当は、こんなの趣味じゃねぇけど。いくつか枯らしちまったし。でもまぁなんかやってないと、死ぬことしか考えらんねぇから。」
さらりと言われた一言が彼の口ずさんでいた歌詞と被る。

毎日お花にみずやり
あなたを思ってみずやり
気がついたら柵越えて
会いに行こうとしていたの


ぞわりとしたものが体を這う。俺が呆然としている間にも彼はコーヒーを飲み干し、酷いんだぜ、あんだけ好き勝手抱いてもう離さないとか言ったくせにフィアンセがやってきて俺を殺そうとしてるとかほざいてものすごく優しく抱いた後どっかいったんだ、どうせならセックス中に殺してほしかったぜ、だなんて言っている。どうしようこの人おかしい。
俺は当初の目的も忘れて、この隣人を見ていたらなんだか自分までおかしな気になりそうで慌ててマグカップを空にして少し遠い隣人に差し出した。
「あの、ごちそうさまでした。」
「あぁ、なぁ、お前名前は?」
「…猿飛ですけど」
「違ぇよ、下の、名前。」
「さ、すけ」
その瞬間隣人はにっと笑って柵から身を乗り出し、慌てて無駄に手を伸ばした俺にちゅっとキスをしてきた。
「は?」
「今日中にマグカップ用意しとく。はは、SとMじゃなんかそういうプレイみたいだな。」
じゃ、と言って彼が部屋に戻った後、鈍い音(恐らくマグカップが割れる音)がした。
「まじかよ…」
なんだか熱を持ちそうな下半身に、そして今後の状況に俺は暫く寒いベランダに立ち尽くしていた。




▼どんだけ佐政〜出会い編〜が好きなんだろう私。小十郎は本当に伊達が好きだったけど伊達の将来を心配した小十郎の上司である輝宗パパが勝手に小十郎に婚約者をつけてしまって云々みたいな裏設定。
わかりにくいお話、お付き合い下さりありがとうございました!



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