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「聞いたか。東側の軍で何やら動きがあったのだと。」

「動き?東軍とは協定を結んでるじゃないか。」

「いやいやそういう事じゃ無い。」

「なんだ。はっきり云えよ。」

「うむ。だからな、」


佐助は資料を纏めながら男達の話を聞いていた。といっても盗み聞きしようとした訳では無いし、そもそもこの話は佐助が情報源であったのだから聞いた所で何かが起こる訳でも無かった。


「ほう、将官の大佐殿が代わった、と?」

「そうなんだ。どうやら先代が死んだらしいな。」

「で、誰が後任を?」


(莫迦莫迦しい。)


佐助は悪態を吐いた。当然知っている話であるのだが、聞いているだけで表現仕様の無い苛立ちが募る為佐助は纏めた資料を持って部屋を出た。


(何だって若造が。)


佐助は一般市民であるなら金持ちしか手にしない嗜好品となった煙草に火をつけながら足音をわざと大きく立てながら廊下を歩いた。

佐助は元々只の二等兵であった。ごくごく普通、いやそれ以下の環境の家庭に生まれた佐助は実家の経済状態を見かねて自ら軍隊に志願した。
戦時中でも無い今の世の中は徴兵制で無い為志願兵は喜んで受け入れられるものであるが、佐助のような一般市民の家系の出の者は大抵が兵止まりであった。
貴族の子供が貴族であるように、軍隊の上層部もほぼ世襲で成り立っていた。
勿論昇級制度が在る為その時々によってトップや指揮官は違うのであるが、士官となる者達は大抵軍の家系の出であるのだった。
佐助も例に漏れず入隊時は二等兵であった。毎日のハードな訓練が行われるグラウンドの横では、国民から搾取している税金で動くクーラーの効いた部屋で優雅に紅茶を飲みながらまだ起こってもいない戦いについて眉を寄せながら相談する参謀達の姿がよく見られた。佐助はその姿を見る度に自分の生まれをしばしば呪った。
家族を思えば入隊するより他は無かったし自分で選択したことであるから後悔がある訳でも無かった。しかし戦場で走り回る自分達と戦場とは遠く離れた場所で指示を出す彼らと、どちらが死にやすいかと聞かれれば答えは簡単である。誰だって死にたくなど無いのだった。
だからこそ佐助は自分の生まれを呪ったし何をせずとも指示する側に立てる生まれの人間を羨んだ。



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