小説 | ナノ
深海魚の心中



注!:嘔吐あり


アパートへ帰るとマフラーやコートが脱ぎ散らかされていて光が漏れるトイレを覗くと政宗が便器に顔を突っ込んでいた。
「あー…大丈夫ではなさそうね。」
「さ、す、」
途中まで呼ばれた名前が呻き声に変わる。でも政宗の口からはだらだらと唾液が垂れるだけで吐寫物は出ていない。
「辛いね、よしよし、」
そう言って背中をさすればふええ、という平時なら決して聞くことがないような声が漏れた。
さすった背中は一週間前よりさらに薄くなったようでぼこりと浮かび上がる背骨に触れると、なんだか中一の遠足のバスで隣の女の子が酔って嘔吐したときに背中をさすってやったときのブラの感触を思い出し悪いことをしているような気分だった。
「また痩せたね。」
話しかけても返ってくるのは苦しそうな息遣いと呻き声だけ。一旦顔を上げてごらん、といえば鼻水と唾液と涙で幼い子供のようにぐしゃぐしゃに汚した顔がこちらを向いた。
「は、はっ、さすけ、」
「うん、」
ひっくひっくとしゃくり上げながら話す所為でなかなか聞き取れないけれど涙と鼻水と唾液をトイレにかかっていたタオルで拭きながらうんうんと相槌を打つ。一生懸命なところがかわいいな、と思っているのは内緒だ。
そんなことを考えていると政宗がうう、といっとう苦しそうに呻き、気づいたときには俺の服にも汚物がかかってしまっていた。
「あ、ごめん、あ、あ、」
かたかた震えながら謝る政宗の口元をやはりタオルで拭いてやり、俺以上に汚物まみれになってしまっている服を脱がせた。服の下は吐いたばかりだからか息をする度お腹がきゅうきゅう動き、浮き出た肋が痛々しい。
「なぁんにも心配しなくていいから。片づけるから政宗は先にシャワー浴びといで?」
できるかな?と言えばひくひくと泣きながらお風呂場へ向かう。俺は洗面台の下からバケツと雑巾を持ってきてトイレ内を掃除し消臭スプレーを振りまき、政宗と自分が着ていた服を軽く水で流しゴミ袋へ詰めた。シャワーを浴びると政宗は死んだように眠った。吐くと体力を削るのだろうか、いつも眠っている気がする。そっと横に添い寝をしながら少し窶れたようにも見える頬をなぞる。
「どうしようか。」
いつまでこうして政宗を甘やかせていられるんだろう。彼は恐らく現代社会に適応していない。だからストレスだけを溜めてあるときそれが溢れてこんな風になる。俺はそれを愛しく思うし縋りついてくる様子には勃起しそうなくらいだ。でも、いつまでもこんな調子でいいわけがない。政宗を嫌いになることなんて考えられないけれど例えば俺が何らかの事故で先に死ぬかもしれない。そうなったら政宗はどうなるのだろうか。
「後、追ってくれる?」
返事が返ってくるはずもないけれど答えは決まっている気がする。俺はストレスと嘔吐でがさがさになった唇に濃厚なキスをした。呼吸する暇さえ与えないような激しいキスを眠る人間とすることはなんだか自慰のようだったけれどいよいよ苦しくなったのか半強制的に目を覚ました政宗の目がひどくうっとりしていたから、これはセックスなんだと思い直した。
「後追い、なんかじゃなくて、キスをしながら心中しよう。」
俺の思いつきに政宗が頷いた。









▼今までで一番暗かったと思いますがどうでしょう。おつきあいありがとうございました!



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