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アクアリウムで滂沱



▼アニキは出ません。



アクアリウム作るんだ、と俺の好きなひとは言った。そんなの興味あったっけと訊ねれば、俺は無いけど、と曖昧に笑った。

彼の好きなひとは海を愛した人だった。毎週のように彼を連れだしては釣りやらなんやらと海へ向かった。そのひとは面倒見もよく、おとなっぽかったのに海へ着くと途端に少年のようにはしゃぐのだと彼は楽しそうに言っていた。本当にそのひとのことが好きなんだね、と言ったのはインドアだった彼の肌が人並みには健康的な色になった夏のことだった。

「やめときなよ。伊達ちゃんには向いてないって。」
「そんなことない。」
「お金だってバカになんないくらいかかるって」
「金なら掃くほどある。」

俺は彼が好きなひとと面識があった。というか、普通に仲がよかった。よく仲間内でパーティなんかをするときもそのひとは魚料理を振る舞いに来ていた。こいつ頑固だろ、と笑ったそのひとに彼がうるせーと言いながら抱きついた光景がなんでか今になって思い出された。彼の頑固さはなおってない。

「お金だけの問題じゃないでしょ。伊達ちゃんお祭りでとってもらった金魚だって全部だめにしちゃったじゃん。」
「あれは設備が整ってなかったからだ。」
「ちがうね。飼ってた鳥は飼ってた猫に殺されて、その飼ってた猫は一週間後に病気で死んだじゃん。」

そう言うと、彼は黙った。都合が悪くなると黙る癖もなおっていないらしい。あのひととケンカをしたときも、理不尽なことでも結局あのひとが折れていた。

「もうさ、やめようよ。」

びくりと薄い肩が揺れる。何かに耐えるようにぎゅうと拳を握っているのは泣きそうな証でこれも昔から変わっていない。涙を流さず、全部ひとりで消化しようとするところだって。あのひとがいた頃はもう少し、違ったのかもしれないけど。

「親ちゃんはさ、いないじゃん、」

彼が好きなひとは不幸な事故で亡くなった。彼を乗せてふたりきり、バイクで海に向かう途中、前を走っていたトラックから資材が転がり落ち当然避けきれないバイクはそのまま横転。どこまで格好良いんだか、そのひとは彼を突嗟に抱きしめたまま亡くなって、彼はかすり傷ひとつなくそのひとの腕の中で見つかった。

「あのとき…親ちゃんは、」
「Keep it to yourself!」
「ちゃんと受け入れなよ。親ちゃんは、死んだじゃない!」

わあっと声をあげて伊達ちゃんが泣き崩れた。あの日からご飯もまともに食べていなかった伊達ちゃんの体を抱きしめるとひどく小さかった。泣き声は暫くすると小さくなり、代わりにあのひとの名前が囁かれる。部屋には今でもふたりで海へ行った写真が所狭しと並べられていた。

あのひとのことは忘れて、俺のことを好きになりなよ。だなんて都合のいいことは言うつもりもないし、言ったところであのひとに敵うわけもない。好きなひとは、今この腕の中にいるというのに。

「ほんと、ずるいや。」

あの海が似合う、優しい彼の恋人は彼の心をすっかり水槽の中に閉じこめてしまったのです。





▽死ねたお嫌いな方申し訳ございません。都合上表記いたしませんでしたが問題ありましたら教えて下さい。
お付き合いありがとうございました!



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