小説 | ナノ
ありがとう、お疲れさま、これからもよろしくね。



「今日はなんか作る気しねぇ」
ぐでっと、出したての炬燵に顎をのせて大好きな君が言いましたので、本日は外食ということになりました。

お昼間は暑いくらいなのに夕方六時を過ぎた頃には肌寒くなるこの季節を疎ましく思いながら俺様は薄手のカーディガンを君は大判のストールを装備して部屋を出ました。
「どこ行こっか。」
「チカんとこのラーメン屋でいいだろ。」
お金をまけてもらおうという下心を隠しもせず俺達二人は学友のチカちゃんがバイトしているラーメン屋『海坊主』を目指します。学校帰りの高校生カップルが制服のくせに慣れたように寄り添って歩いていたのがなんだか悔しく俺様はポッケに仕舞われていた君の手を無理矢理引っこ抜きぎゅうと繋ぎました。
「ばか。」
「馬鹿で結構。」
高校生カップルはいちゃいちゃして俺達に見向きもしませんでしたが君のほっぺたがちょっと赤かったり片方だけの目が人目を気にするようにふらふらしていたのがかわいかったのでどうでもよくなりました。





「いらっしゃいませー…ってアニキぃ!お友達っす!」
引き戸を開ければぼわっと熱気が漏れました。それと同時に威勢のいい声が聞こえ、満席の店内からチカちゃんがやってきます。
「テメェ等いつもいつも忙しい時間に来やがって俺になんか恨みでもあんのか?」
「まっさか!チカちゃんのラーメン食べたいだけじゃない!」
「ちっ、今日はちゃんと並べよ!」
店内を見回してみれば人、人、人。今日は店の外に列が出来てないだけましですがそれでもなかなか待たされる筈です。腹ぺこな俺達には由由しき事態です。ここで君しか使えない魔法が発動します。
「ちー」
「うっ!」
君は切なげに名前を呼んだ後、チカちゃんの汚れまくりのエプロンのきれいなところを人差し指と親指とで掴みます。
「き、今日という今日は騙されねぇぞ!」
顔を逸らしたチカちゃんですが体は正直なもので目線はがっつり君を捕らえています。
「ちー、な、ちーのラーメン早くくいてぇ。」
身長差という武器を使い上目遣いになった君にチカちゃんが勝てるわけありません。俺様がいる手前抱きしめるなどの行為に走ることはありませんでしたがその両腕が僅かに上がり、ふるふるとふるえているのを俺様が見逃すはずありません。
「ちくしょう!テメェ等裏行け!」
待ってましたとばかりに厨房へ入り、さらにその奥の休憩室を抜け事務室へ入る。チカちゃんの机は実はなかなか片づいているのでいたずらはよしています。かたいソファに二人で座り携帯のワンセグ機能を駆使してお笑い番組を見ます。
「お前等まじここなんだと思ってんだ。」
「お、ラーメンラーメン!」
「チカ、ちゃんとチャーシュー抜いたか?メンマ多めか?背脂少な目か?」
「今更間違えるかよ。んで佐助がネギ多めの一辛、背脂少な目な。」
「はは、わかってるー!」
ずるずるとラーメンを食します。君はいつも俺様のラーメンスープを一口チャレンジするけれどかっれぇ!の一言を発したら二度と口にしませんね。





「チカ、ありがとな!」
「ごちそうさま!俺達が正式に結婚できるようになったら倍にして払うね!」
「期待しねぇで待ってるよ。」
すっかり満腹の俺達は従業員入り口から出ていきます。最後に、なんかチカに悪いな、なんて言う君の優しさに触れてチカちゃんにやきもち妬いただなんていうことは情けないので秘密にしておきます。
「わー寒いねー」
「寒ぃ」
あたたかな部屋から出た俺達は寒さに震えながらも笑顔で帰ります。焼き芋屋さんが通ったりするのを見ればもう冬も近いね、なんて言いながら暗くなったのを良いことに大胆に身を寄せあって歩きます。前からやってきた塾帰りの高校生カップルは驚いた顔をしていました。

部屋に着くと君は一目散に炬燵へダイヴ。ぐでっと顎をのせたその姿は数時間前に見た姿そのものです。
「佐助、」
「ん?」
「たまにはこういう日も、ありかな。」
根が真面目な君はいつも仕事から帰ると洗濯物を取り込んだり料理をしたり風呂を洗ったり明日の準備をしたり大忙しなことを俺様はよくよく理解しています。
だから。
「ありでしょ。」
ありがとうの代わりにチカちゃんのラーメン。お疲れさまの代わりにおこたでぬくぬく。これからもよろしくね、の意味を込めてマッサージをしてあげたいと思います。








▽さいごに
今回はちょっといつもと違う感じにしてみました。日常に見つける幸せみたいな感じで。アニキが伊達に甘すぎますがまぁ仕方ない。
おつきあい下さりありがとうございました!



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