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冷たい羊水



アパートに帰ると大家のおばちゃんと今まで見たこと無かった一階の住人が部屋の前にもの凄い形相で立っていた。

「あれー家賃昨日払いませんでしたっけ。」

へらっと笑いながら問いかけると一階の住人の肌の荒れたお姉さんが掴みかかってきた。

「ちょっとあんたねー」

「わっとっと、」

バイト明けで疲れた体にキツい香水は勘弁して欲しいなぁて思いながら俺は大家のおばちゃんに視線で助けを求めた。

「あのねぇ猿飛さん、あなたのとこ浸水しててね、このお姉さんとこ水浸しなんだって。床も古いし困るんだわぁ。」

水出しっぱなしにしてない?と聞かれ家出たのは昨日の夜だし半日空けていた俺が覚えてる訳無い。そもそも中には同居人がいるんだからそっちに聞いてもらった方が早い。

「ちょっと待って下さいね。」

俺はポケットからキーケースを取り出し鍵を開けた。

「政宗ー」

後ろでお姉さんの男同士で住んでるとかきも、という言葉を辛うじてかき消さない程度のつまり割と大きめの水音が聞こえていた。

「まーさーむーねーくーん」

綺麗な革靴はまだあるから出掛けてはいないはずだと俺は靴を脱いで部屋に入る。

大家のおばちゃんと一階のお姉ちゃんの顔色が幾分優れないのはあまり気にしないでおいた。

音のザーザーなる方へ進んでみるとお風呂場付近が水浸しになっているのが判った。俺は新しい靴下が濡れるのを特に気にすることもなくお風呂場へ近づき、このご時世には珍しい引き戸の扉を開けた。

「あ、政宗発見。」



政宗はザーザーと最大勢力で回された蛇口から流れる冷たい水を溜めた浴槽に制服のカッターとスラックスで浸かっていた。普段から白い肌は白を通り越して青白くなっていて唇は紫色なのに、髪の毛だけが普段と変わらず美しい天鵞絨色だった。

水を止め、政宗を浴槽から引き上げる。政宗は軽かった気がするのに何故かひどく重く感じた。唖然としている大家さんとお姉さんにすみませんタオル取ります、と退いてもらい、バスタオルを取った。取り敢えず政宗の体を拭こうと思ったけど思った以上に体が冷えていたので部屋まで運んで暖房を付けてやろうと考え直し、バスタオルを政宗の体に巻き付け、びしゃびしゃの床を抜けて部屋へと運んだ。

「ちょっと猿飛さん、」

大家のおばちゃんが顔を真っ青にしてたので安心させるように俺は笑った。

「あ、大丈夫ですよ。床は後で拭いときます。一階の浸水は…えぇとどうしましょうか。」

やっぱり後で請求されるのかなぁと思いながら政宗の顔を優しく拭いてやるとお姉さんが生きてるの、ねぇ、ちょっとなんて騒ぎだしたからあのお金は後で払うんで取り敢えず帰ってもらっていいですか、と言った。二人は目を丸くして去っていった。

濡れた服を脱がせる。体は何処もかしくも冷えていて本当に死んでいるみたいだったので俺は少し不安になって政宗の胸元に耳を当ててみた。するととくんとくんと微弱ながら心臓の動く音がしてほら見ろ政宗は生きているとさっきのお姉さんに言ってやりたかった。

「政宗は死んでなんか無いよね。死のうとしてた訳でも無いよね。」

冷えた体に服を着せ炬燵に入れ暖房もかける。ついでに俺も炬燵に入り、政宗を抱きしめる。冷えた体が温まるように体を擦ってやった。

「さすけ…」

暫くするとぼそりと名前を囁かれた。

「おはよ。覚えてる?」

「あー」

「またやってたの?」

「んー」

気怠いのか眠たいのか、俺の胸に頬を擦り寄せてくる。それがかわいくてさらさらの髪の毛を撫でてやる。

「なんかわかった?」

「いや…」

政宗の奇行は今に始まったことじゃない。真夏に炬燵を出してきて中で丸まったり、粉ミルクを飲み出したり(その後吐いた)、風呂場いっぱいにスライムを作られたときは流石に片付けに困った。

「あんま冷たい水でやると死んじゃうよ。」

「ん。」

政宗は興味なさそうに小さく返事をして、俺はというとそれについて特に思うところもなく浸水の修繕費について考えたりしていた。

「やっぱりさ、」

そんなぼんやりした思考を、さっきまでの小さな声とは違うはっきりした声で政宗が遮った。

「うん?」

「やっぱり羊水って温いんだろうな。」

どうやら今日の彼の試行は
失敗のようだ。











あとがき

ちなみに以前のボロアパートパロとは少し違う設定でした。
わ、わかりにくい話ですみません。
一言で言うなら愛の模索とかそんな感じです。胎内予想です。

お付き合い下さりありがとうございました。



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