*嘔吐注意 がたん、ごとん… お決まりのアナウンスが流れて電車がホームに入ってくる。この時点で手には冷や汗。 「伊達ちゃん、平気?」 「…あぁ、」 電車が止まると、降りる人達の邪魔にならないよう左右に分かれる。ぷしゅっとドアが開き、開かれた道に降りてきた人達が進む。このときの何気ない視線で全身に冷や汗と吐き気。 「乗ろっか。」 そう言って佐助が俺の手を引いて電車に一歩足を踏み入れた。俺自身はまだホームに立っているのに、車内の人と目が合った気がして、そこでアウト。 「わ、伊達ちゃん?」 視界がぐにゃりと歪んで、息が出来なくなる。必死に酸素を吸い込もうとして、変な声が上がった。胃から熱いモノがこみ上げてきて、空いている手で口元を抑える。 「よしよし、もうちょっと我慢できる?」 佐助の声にせり上がる吐き気をどうにか抑えて頷くと、ラッシュ時でごった返すホームに佐助が道を造りながら手を引いてくれる。 途中ぶつかる人達からの舌打ちや小言に生理的ではない涙が零れた。 いつからか電車に乗れなくなっていた。事故に遭ったわけでも事件に巻き込まれたわけでもなかった。ただ単に視線に怯えてしまうのだ。 あの狭い空間に何十人という人間が詰まっている。最初は目のやり場に困っていた。前も後ろもどこもかしくも人がいて、目はそわそわと宙を漂う。 そんなある日漂う目が他人の視線と交わった。被害妄想なのかもしれない、しかしその瞳は侮蔑の感情を持って俺を捕らえた気がした。その瞬間吐き気を催し、揺れる車内でそれは確かなものとなり、次の駅に着いた時点で俺は嘔吐してしまった。 覚えているのは清掃員が白い粉を振って俺の汚物をちりとりで掃いていたこと。 迷惑そうに周りの人間が俺を避けて歩いたこと。 「へーき?」 「あぁ…悪ぃ」 ホームの外のベンチに座らされ佐助が前髪を上げてくれる。 「すごい汗。気持ち悪いの治った?」 「だいぶましんなった。」 「よかった。じゃぁ完全に治るまで休んどこうか。」 そう言って優しく頭を撫でられると、たかが電車に乗れなくて、こいつに迷惑かけてる自分が厭でたまらなくなる。 …こいつはいつか疲れてしまう。 「伊達ちゃんさ、無理に電車乗らなくていいよ。」 「Ah?」 「なんで伊達ちゃんが辛い思いしなきゃいけないのか、俺、分かんないんだよね。あんな苦しい思いするくらいなら俺が毎日チャリで送ってく。」 同じ大学だし?と笑う佐助は、当然のことを言ってるみたいな顔をしている。 「ば、か…じゃねぇの?」 嬉しさに、声が震えたんじゃないだろうか。顔は平静を保てているだろうか。 「馬鹿だけど本気だから。チャリがやならバイクか車買うよ。俺が先に授業ある日は…まぁサボると思うけど、伊達ちゃん一緒に授業出ればいいじゃん。そしたら一緒にいる時間も増えるし。」 「そんなの、そんなことしたら…」 俺はお前を縛り付けてしまう。 お前は苦しくて苦しくて息をすることすらできなくなるかもしれない。 「平気だよ、」 ふと顔をあげて佐助を見れば、至極幸せそうな目で俺を見つめ、頭を撫でていたその細長い指を俺の頬に移動させ、もう片方の手も対の頬を被う。 「さすけ…?」 ちゅ、と啄むようなキスを一度だけ。 「これ、俺が望んだことだから。」 捕らえられたのは どっち? あとがき 電車に乗れない政宗様を甘やかす佐助でした。相変わらず暗くてすみません。 ちなみに同じ大学、同棲設定で電車に乗る練習してました。 お付き合いありがとうございました! |