小説 | ナノ
冷蔵庫に猫。



*ベランダのつづき


「夜うちへ来いよ」

いつの間にか半ば強制的に朝の日課にされていたベランダでのコーヒーブレイクの最中、隣人がそう言った。

「え、」
「この家庭菜園、ハーブがあって使えるから。それでなんか作ってやる。」

さらりと言われたことだったが、俺はかなり驚いていた。この家庭菜園雑草しかないと思ってたということもあるけど、隣人が料理出来るという事実が何より驚きだった。

「料理出来るんですね、」
「Yes!お前俺のことなんだと思ってんだ」
「いえ、別に…」

俺の失言によって隣人の圧迫感が増したことで、俺にはじゃぁお邪魔しますという返答しか残されていなかった。



「適当に座ってくれ」

部屋のつくりは俺の部屋と全てが真逆なだけだが、隣人の部屋と違ってかなりごちゃごちゃしている所為か全く違うように感じる。

「…照明、青いんですね。」

天井に取り付けられたいくつかの裸電球は青く輝いている。正直不気味だ。

「気に喰わねぇなら普通のLEDもあるぜ」
「いや、大丈夫です。」

そうか、と言うと隣人は狭いキッチンに立ち、料理のつづきに取りかかった。どうせなら全て済ましてから呼んでくれたらいいのに、という本音は言わないでおく。

暫く暇なので隣人の部屋を見渡す。天蓋付きのベッドは大きなイルカのぬいぐるみが占拠しており、ベッドの横には外国語の本がぎっちり詰まった本棚があり、本棚の上には何の用途なのかわからないけれどお洒落な雑貨屋さんなんかで見るような小物が並べられていた。

「あ、そうだ」

金持ちなんだなぁというぼんやりした感想を浮かべたあと、そういえばお酒を買ってきていたことを思い出した。さすがに料理を振る舞ってもらうだけでは申し訳ない。

「あの、お酒買ってきたんで冷蔵庫入れといていいですか?」
「あぁ、悪いな。どうぞ」

キッチンに近づくとバターの香りがして、思わずお腹が鳴りそうだ。確かに料理は出来るようだと、どことなく疑っていた俺は少し胸を撫で下ろした。

(えっとー取り敢えずビール冷やして、ってか全部俺の好みに合わせちゃったけど良かったかな)

そう思いつつも、まぁビールくらい飲むだろうと冷蔵庫を開けた。

瞬間。

「ニャー!」

目の前を遮った物体。荒々しい声に目を丸くして後方斜め左を振り返れば、そこにいたのは

「猫。」
「…なんで冷蔵庫に猫がいるんですか」
「なんでって、暑いから?」

質問したのに疑問系で返されたことはこの際どうでもいい。確固たることは、この隣人、頭おかしい。ということ。

「食べるつもりだったんですか」
「はぁ?なんで猫なんて喰うんだよ。あんまりにも暑そうに家の下で寝転がってるから涼ませてやろうと思って。」

当たり前のように、むしろ俺が何かおかしなことを言ってるかのような顔で見てくる隣人に俺は言葉も出ない。

「ま、猫はどうでもいい。早く酒しまえよ。」

隣人が冷蔵庫のドアをぱたぱたさせ、それによって流れてくる冷気で俺のぼんやりとしていた思考も覚醒してきた。そうだ、隣人に常識を求めていた俺が間違っていたんだ。俺はふぅと一息ついてお酒をしまう。

「お前、酒強いのか?」
「まぁ、それなりには。」

ふうんと気のない返事をしたかと思えば、何か悪巧みを思いついたように隣人の口角が上がった。

「な、んですか、」
「俺、」

耳に触れるか触れないか。隣人のシャンプーだか香水だかの甘い香りを感じるくらい近くまで隣人が詰め寄った。

「すっげぇ酒、弱いんだ。すぐ、とろけちまう。」

熱を含んだ艶めかしい声に、隣人がなに喰わぬ顔でキッチンへ戻った後も、俺の心臓は柄にもなくどくどくと響いた。

「とろける、って…」

いつの間にか猫の姿はなかった。






▼蘇芳さまのお話のタイトルに惹かれて書いてしまったいつかの隣人ものです。
ミステリアスで艶めかしい伊達が思い浮かびました。最後に、勝手にタイトル使用してしまい、誠に申し訳ございません!!
親愛なる蘇芳さまに捧げます。
ここまでお付き合い下さりありがとうございました!!



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