小説 | ナノ
天の神様の言うとおり



私は『かすが』という名前だ。
苗字などない。必要だと思ったこともない。私には親がいなかった。否、いなかったと言えば語弊がある。いたけど、親の役割を果たさなかったという方が正しい。施設に引き取られる前も、引き取られてからも親の顔を見た記憶がない。苗字は確かにあったのかもしれない。でも苗字が私にとって意味を成すことなど無いし、意味をもつとことがあるなら、それはあのお方の苗字を名乗ることが出来るときだ。

「かすがちゃーん、指名ー」
「はい、今行きます。」

薄暗い廊下を歩く。待合室へ入るのは未だに慣れない。あのお方の顔がよぎって、申し訳ない気持ちになりながら、私は扉を開く。

「よ!」
「……伊達、」



「気を遣わなくていいのに…」
「遣ってねぇ。久々にお前と話したくなっただけ」

シャツ一枚の私の隣には、ラフながらも高級感の漂う装いをしている男、伊達。こいつとは不思議な関係を続けている。

「佐助も心配してたし」

佐助。私の元彼で、伊達の今彼。

「ふん、あんな奴に心配されるようなことはない。」
「そう言ってやるなよ、」

伊達には悪いが、私はあの男と一瞬でも恋人であったという事実を本気で後悔している。理由なんてありすぎて、説明するのも面倒だ。

「なぁ、かすが」
「ん?」
「金ならなんとかしてやるから、もうやめろよ」

伊達はまっすぐ私を見てそう言った。

「なにを馬鹿なことを」
「金ならある」
「知っている」

そう。伊達が金をもっていることなど知っている。なぜなら、私と伊達と佐助は、幼少期から共に施設で育ったのだ。ずっと三人で生きていくと思っていたが、中学卒業と同時に伊達だけ両親が迎えに来た。伊達はいきたくないと泣いて渋ったが、その頃から伊達を溺愛していた佐助が親元へいくように促した。伊達の父親は世界でも有名な資産家で、頭のいい伊達がやりたい勉強をするためには金があるに越したことはないという理由だった。それは佐助の言うとおりで、伊達は決まっていた高校ではなく、設備の整った私立高校に入学した。今も有名な大学で私にはよくわからない研究をしているようだ。

「でもお前の金は親の金だろう」
「去年の誕生日にもらった小切手まだ残ってるぜ」
「それも、親の金だ。」

伊達が悔しそうに俯いた。私は少しお姉さん気分で伊達の頭を撫でた。

「お前、昔は暗くて泣き虫でいつも佐助にこうしてもらっていたな」
「お前だって、上杉先生に泣きついてたじゃねぇか」
「…そうだったな、」

上杉先生。施設で私たちを育ててくれた恩人。そして私の愛するお方。

「先生、元気にならねぇかな」

先生は重い病を患った。高額な手術を行えば、四十パーセントの確率で症状が抑えられ、数年死期が先送りになるという何とも絶望的な病だった。
周りは手術を受けさせようとしたが、先生は決して手術を受けないと仰られた。お金のことを言っているのではないことくらい誰にでも分かったから、先生の意志を尊重して、手術は行われないことになった。

「なぁ、私は余計なことをしていると思うか?」

上杉先生に少しでも長く生きていてほしいと思うのは、私の我儘だ。たとえ先生が苦しくても私の傍にいてほしいという自分勝手な考えだ。

「私は…先生が好きなんだ…」

政宗に苗字が出来てから、私は政宗を『伊達』と呼ぶことにした。それは悔しかったわけじゃない。本物の家族の証である苗字をもてる喜びを政宗に知ってほしかったのだ。私には一生叶わぬ夢だから。



「じゃ、帰るわ」
「ああ、」
「今度は佐助も呼んで、居酒屋でも行こうぜ」
「あいつがいるなら私は行かない」
「そう言ってやるなって」

軽く手を振ると、伊達は扉を閉めた。狭い部屋の中、私は少し泣いた。





▼佐助とかすがが付き合ったのは、伊達がいなくなったことによる喪失感を埋めるため。伊達は大学に入ると一人暮らしを始め、働きだした佐助と暮らすようになり晴れて恋人になります。
かすがが二人からお金を集めないのは、先生が手術を拒否しているのに手術をするのは自分の我儘でしかないと理解してるからです。
長くなりましたが、お付き合いありがとうございます!



- 6 -


[*前] | [次#]
ページ:



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -