「あ、」 「あぁ、Good morning、」 「お早うございます。」 俺が、抱えていた洗濯カゴを下ろし挨拶を返すと、向こうは小さく笑った。 この小汚いベランダで洗濯物を干そうとしたら、5回に1回くらいは、今のように隣人に会うことがある。と言っても隣人は洗濯物を干しているわけではなく、只ぼんやりと外を眺めながら煙草を吸っている。 「暑いっすね」 「暑いな、」 会話らしい会話はあまり成立しない。相手のことをほとんど知らない(表札もないから苗字もわからない)というのもあるけれど、隣人には生活感がなく、何を聞いていいのかさえわからなくなってしまうからだ。 「洗濯物ないんですか?」 「いや、乾燥機にかけてるから」 金持ちかよと心で悪態を吐きながらちらっと隣人を見る。薄手のパーカーにボクサーパンツだけという意味のわからない格好を怪訝に思っていると、ふとあることに気付いた。 (あ、また…) 彼の首についている紫色の首輪。ファッションなのだろうか。こんな朝早くから、この格好に。頭でいろいろな可能性を模索しながらその首輪から視線を下げると、白い体についたキスマークが目に入った。 (う、わー…てゆうか、) 呆れたような気持ちが急速に冷めていく。キスマークのひとつやふたつなら苦笑いで済む。しかし彼の体にはそれこそ所有を色濃く主張するかの様に無数の赤い痕が散らばっている。さらに眼帯で隠された右目の付近には引っかいた様な痕、よく見れば唇も切れている。 「…っ、」 俺の視線に気付いたのか、隣人は開いていたパーカーのファスナーを閉め、顔を背けた。いつもなら空気を読んで、部屋に戻るけど、なんでか俺の足は動かない。 「あ、の」 「…なんだよ」 殴られてるんですか逆DVですかその右目どうしたんですか肌白いですね唇切れてますよキスマークすごいですね彼女ですか彼氏ですか警察呼びましょうかそれって首輪ですか飼われてるんですか たくさんの聞きたいことが浮かぶけど、何一つ言葉に出来ずパーカーから覗く首輪を見ていたら、その首輪に手がかかった。 「なにしてんだ政宗、」 白のような銀髪に、隣人とは逆の目につけられた眼帯。その男は俺に気付くと、おはようさん、と笑った。その瞬間、男の逞しい腕が隣人の首輪を強く引き、隣人はあう、と間抜けな声を上げて倒れた。 「お前俺がいないときこうやって外に出てやがんのか?」 「ちが、あの、」 「何が違うかゆっくり説明してもらおうか、」 ずるずると引きずられ、ぴしゃっと窓が閉まると隣人の姿は見えなくなった。代わりに耳を劈く様な泣き喚く声と何かを殴りつけるような鈍い音が響いた。 「政宗って言うんだ、」 俺は洗濯物の残りを干して部屋へ戻った。 ▼たまには悪なアニキを。 お付き合い下さりありがとうございました! |