小説 | ナノ
げんまん



狭い部屋に広がる鉄のにおいに、佐助は眉を顰めた。原因が自分にあることはよく理解しているが、どうにもこの血のにおいというものは好きになれないとさらに機嫌が悪くなるばかりだ。

「ひ、うぅ、」
「五月蠅い。」

がらんどうの右目の付近に拳を落とせば、小さく呻いて血で汚れた両手を重ねて懸命に口を押さえた。そのいじらしさに少しばかり機嫌を良くすると、佐助は仰向けになっている所為で垂れてきた鼻血に汚れた髪を梳いてやる。

「ほらもう、せっかくのつやつやの髪がえらいことになってるよ。」

時間が経ったから乾いてしまい、髪は所々佐助の指を止める。それを無理矢理下に下ろすと髪が抜けたのか政宗の体が小さく跳ねた。

「はは、痛いんだ?」

佐助が笑ったのと同時にごぼ、という音が政宗の喉の奥で鳴ったかと思えば、口元を抑えていた手の隙間からはどろりとした血が溢れた。

「きったないなぁ!」
「う、ぶっ」

手首を掴んで口元から手を離せば、鼻血も混じり顔中が真っ赤になっていた。

「ほんと汚いぁ、政宗は。」

楽しそうに話す佐助に政宗の体が強ばる。それを知ってか知らずか、佐助はがちがちと恐怖心を露わにする口元に手を添え切れた唇をなぞった。

「は、あ、さすけ、」
「なんなの?言い訳でもしたい?」
「ちが、」

言い終わる前に揺れる視界と頭に響く痛み。殴られたと気づくと、元より壊れていた政宗の涙腺がとうとうおかしくなってしまったかのようにぼたぼたと大粒の涙が流れ、小さな子供のような泣き声が部屋に響いた。

「うあああああああん、」

身を捩って佐助から逃れようとするものの、マウントポジションをとられている為体は動かず、顔から滴り落ちた血が古い床を汚すだけだ。それでも足をばたつかせ、どうにか逃げようとする政宗の髪を遠慮無く引っ張り、佐助は冷めた声で言った。

「なに逃げてんだよ、ねぇ、政宗はなんで嘘吐くかなぁ?」

無理矢理正面を向かされたその顔は涙や血や唾液でどろどろになっていて、普段の白い肌は見る影もない。

「昨日さぁ片倉さんと会ってたんでしょ?」

佐助の言葉に、血まみれの口が何か言いたげに動くけれど、貯まった血が邪魔をして声にはならず、ぱくぱくと金魚の様に虚しく動くだけだ。

「素直に言えばこんな痛くしなかったのに。」

掴んでいた髪を離すと、佐助は自身のスエットからサバイバルナイフを取り出した。それを見た瞬間政宗ね目は見開き、先ほど以上に取り乱しながら暴れる。それでも佐助は表情を変えず、安っぽく光る刃を蛍光灯に翳した。

「どうしよっか。俺の話を聞かないその耳か、嘘を吐く口か、指切りしたその小指か、」

ぱちんとナイフを閉まっては、金属の擦れる嫌な音を立てながら再びナイフを開く。

「そうだなぁ、やっぱ指切りしたし、その指を切ろうか。」

天井を見つめていた佐助がにこりと笑うと、喉に溜まった血が邪魔をするのかうがいをしたときのようにごろごろと鳴る金切り声が上がった。それと同時に佐助の顔面に血飛沫が上がる。目に入りかけた血を拭いながら佐助が目を開けると、血を吐き出したことによりようやく許しを乞うことが出来るようになった政宗の怯えきった瞳と視線がかち合った。

「ひぐ、さ、さすけ、ごめんなさいい、あ、きの、きのうはっ、せいかつひ、もらってただけでえっ、ごほっ、」

ふるふると体を震わせ化け物にでも会ったような反応を見せる政宗に佐助は心の底から自身の歪んだ感情が満たされていくのを感じた。

「そうそう、素直に言えるじゃん。」

握っていたナイフを床に突き刺し、額同士がくっつくまで顔を近づけるとはっきりとした血のにおいに、今度は顔を顰めることなく笑った。

「政宗はぁ、俺が好き、なんだよね?」
「う、はぅ、しゃ、すけ、すきっ」
「あはははかわいい。」

一通り笑うと佐助は政宗の上から退き、痛みで動けないその体を抱きしめて耳元で囁いた。

「次嘘吐いたら針千本飲ますからね。」









▼すみません。鼻血を吐いてるまーくんが書きたかったんです。吐血みたくなってますが単に鼻血が溜まって吐いただけです。深いことはなにも考えてませんが佐助の歪んだ愛情は確かな愛情なんです。あんまりらぶらぶしなかったけど…。

お付き合いくださりありがとうございました!!



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