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合同演習当日は雲一つ無い快晴であった。八月も半ば、真夏日が続くこの暑い日によくもまぁ軍事演習など行おうと考えたものだと佐助は軍服に袖を通した。上司の幸村も普段は戦闘服を身につけているが今日ばかりは階級章が取り付けられた礼服をきっちりと着こなしていた。

「東軍の方々がお見えになりました。」

部下の知らせを受けて出迎えに行けば、血の気の多そうな兵達の姿が目に入る。両軍の兵士達が演習場に並んでいる姿はそう見れるものでは無いので撮影が許可されている開会式だけでも記録に残そうと報道陣はシャッターを切り続けていた。

佐助達は演習場が見渡せる少し高い位置に造られた見学室(と云っても士官階級の為に造られている為調度品等はかなり豪華であり今日のような合同演習の際には演習時の臨時応接室として使われる。)で東軍を迎えた。

「これはこれは。待っておりましたぞ。」

武田が一歩前に出て、制帽を取れば相手も制帽を取り、背筋を伸ばす。
折襟の上着は細身で襟には青い縁取りが入っている。編み上げのブーツは黒い上物の革靴であった。

佐助は純粋にその男を美しいと思った。

流れるような髪に軍人にしては珍しく焼けていない白い肌。片目を覆う革の眼帯。そしてその横で鋭い視線を放つ猫の様な目。見た目はかなり若いが、少年兵が紛れ込んだとは到底思えぬ品のある顔立ちと将官である証の肩章が見た目の若さをカバーしていた。

「東軍の伊達政宗だ。」

「うむ。武田信弦じゃ。」

あっさりとした挨拶が終われば、控えていた真田は歳が近いと知った伊達に興味津々と云わんばかりに目を輝かせて頻りに質問を投げかけている。本来なら身分の差を考えて誰かが諫めるべきなのだろうが伊達本人が全く気にすることなく受け答えしている様子からどうやら赦されているらしかった。唯一眉間に皺を寄せたのは伊達の後ろに控えていた片倉だけで、佐助はその皺を見てまるで母親ではないかと心の中で嘲り笑った。

その瞬間、
ふと伊達と目が合った。正確に云えば、偶然的に視線が交わったのでは無く、何となく視線を感じると思いそちらに目を向けると、何とも馬鹿にしたような笑みを浮かべた伊達がいたのだった。

(な、んだよ…)

「そこのOrange、」

「オレ?オレンジ?」

「お前のことだ。名乗れよ。」


何とも傲慢な物言いだったが佐助は不思議と不快に感じること無くそれに応じる。

「真田中佐配下の猿飛佐助と申します。」

「へぇ、真田。お前なかなか良さそうな部下持ってんじゃねぇか。」

「はい!佐助は真良く働き、忠義を尽くしてくれる某の自慢の部下に御座います。きっと戦場でも、鬼と呼ばれた片倉殿に負けぬ働きをしてくれるものと思います。」

部下を褒められた事が嬉しかったのか幸村は捲くし立てる様に身を乗り出して話す。そんな上司の姿を佐助は幾分恥ずかしく思いながらちら、と伊達を見た。
伊達はというとおかしそうに口角を上げ背後に控えていた片倉に話しかけた。

「だとよ小十郎。好敵手出現といった処か?」

「かもしれませぬな。しかし、」

その瞬間まるで辺り一帯の空気が凍った様だった。佐助はこの目の前の相手が鬼と呼ばれる由縁を一気に理解した。

「何があってもこの小十郎、貴方様をお守りする限り負ける気はいたしません。」

刀、ましてや拳銃等持っているわけでは無いのに片倉の発する気だけで死にそうな、そんな気がした。背後に控えていた下級の者達の顔色は真っ青になっている。


「まぁまぁ片倉君、そう苛めてくれるな。」

空気を一変させたのは武田であった。
武田が大層可笑しそうに、豪快に笑いながら片倉にそう云えば、片倉の表情も先刻までの殺気を放った表情から少しばかり和らいでいる。

「すまんな。こやつは伊達政宗の力量を知らぬので探っておるだけじゃ。決して馬鹿にしていたわけではあるまい。」

その言葉に佐助は、顔には出さなかったものの、心臓が破裂しそうな程ざわついた。佐助は昔から感情を顔に出さないと云われていたし、またそれを自負していた。今日に限っては、一応同盟軍の頂点であるのだから、いくら佐助の嫌悪する世襲でその地位を継いだ者とはいえ、感情を曖にも出さなかったつもりである。
それであるのに、自分の本質を知っている主どころか初対面の人物にまで見抜かれ、その上威嚇されるなど信じられないことだった。

「申し訳御座いません。そんなつもりでは…」

「Ha、気にすんな。確かに親の跡継いだってだけじゃ実力なんてわかんねぇからな。ま、その内思い知らせてやるぜ。」

にやりと悪戯っぽく笑ったその顔が、佐助の胸を鳴らす。急激な鼓動に思考は追いつかない。


(なんだ、一体…これは…)

それが、二人の始まり。



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