「まさむねー!」 「んー?」 「いい天気だなぁ!」 「そーだな!」 春の昼間、太陽がてっぺんにある時間がふたりは好きだった。夏のように厳しくなく、秋のように寂しくなく、冬のように心許ない太陽と違って優しく照らしてくれる春の太陽が好きだった。 「なぁ政宗、俺は考えたぜ。」 「新メニューか?何出すんだよ。」 「マスターの気まぐれ刺身!」 「却下。」 ふたりで経営するカフェを不定期に休みにして、自転車で駆け抜ける。そのときにカフェの新メニューを考えるのがふたりのルールだ。 「政宗、お前はいつも却下ばっかだな。」 「だってちかの考えるのカフェのメニューじゃねぇ。日替わり魚のアラ汁とか酢の物とか居酒屋じゃねぇての。」 「ちっ、いいじゃねぇか別に。」 元親が口を尖らせる。政宗は黙った元親を少しのぞき込んで、笑う。 「ちか、拗ねんなよ。」 「拗ねてねぇよ。」 こんな大きい背中なのに中身は子供だ、と思いながらも口には出さずに今まで以上に体を密着させる。ふわりと香った洗剤の香りが自分と一緒であることに幸せを感じる。 「なぁ政宗、最近具合どうだ。」 「調子いいぜ。」 「薬飲んでるか?」 「飲んでるって。」 自転車を止めて、大きな公園の人気の少ない芝生にシートを敷き、遊具で遊ぶ子供たちを見ながらお弁当を広げる。人気のない芝生に、しかも大きな木に隠れるように座るのは子供たちとその親への配慮(あのひとたちどっちも男だよ、なんて発言が出来るだけ飛び出さないように)だ。 「やっぱ政宗の作るのはなんでも旨いわ。」 「当然だろ。」 栄養も色合いも完璧に作られたお弁当はすぐに空になった。マイボトルに入れてきた熱いお茶を飲みながら、春の温かい日差しを只只享受する。 「なぁ、政宗」 「んー?」 「光合成出来そうだな。今なら。」 呆れた顔をしながらも、政宗が笑った。それだけで元親の世界は輝きを増し、この時間が永遠につづくのではないかと錯覚するほど幸せに思えた。 「政宗、」 「次はなんだ?」 また痩せたな。 なんて、口に出来るわけもなく、元親は俯いたまま、呼んだだけ、とおどけてみせた。 「ガキかよ。」 政宗も、俯いたままそう言った。一から十まですべてを言わなければ伝わらない程、ふたりは薄っぺらな関係ではなかった。だからこそ、哀しくて寂しいのだけれど。 「そろそろ帰るか。」 「ああ。」 元親が再び政宗を乗せてペダルを漕ぐ。幾度となく通った道は、最近整備されて滑らかに進む。 「おーい!」 「まさむねどのー!!」 カフェ兼家まで後少しというところで聞き慣れた声に呼び止められる。元親は足を止め、政宗は自転車を降りる。 「なんだ、真田じゃねぇか。」 「俺様もいるんですけど。」 「なんでおめぇらこんなとこにいんだよ。」 「お二人のお店に伺ったところでござる。」 スーツ姿のふたりはカフェの近くにある学習塾で働いている常連だ。実を言うと、カフェを構える前、大学時代からの付き合いでもある。 「つーかランチに来るってわかってるんだから気まぐれにクローズにすんの止めようよ。」 佐助の溜め息混じりの言葉に幸村も内心少しだけ、同意する。しかし当の本人たちは反省した様子もなく、政宗は再び自転車に乗る。 「わりぃな猿!こればっかは止めらんねぇんだ。」 いたずらっぽく政宗が笑うと同時に元親が力強く漕ぎ始める。残されたふたりは去っていった自転車と同じ方向へ静かに歩き出す。 「相変わらずであるなぁ、」 幸村の言葉に佐助は眉を下げて笑う。 「まぁ、あれくらい…いいのかもしれないね。」 「佐助、」 「うん。」 痩せてたね。 だなんてやはり口には出せなくて、ふたりは困ったように見つめ合う。ずっとあのふたりを見てきたのだ。他人事では済ませられなかった。 「旦那が泣きそうになってどうすんの。」 「し、しかし」 「もう!情けないなぁ。ほら、おいしいコーヒー煎れてもらおう!」 幸村の背中を押して、すっかり姿の見えなくなったふたりを追うように、歩いていく。あと何度、こんなやりとりが出来るのかと、感傷的になりながら、幸福な日々をひたすらに咀嚼するふたりを、佐助は少し羨ましく思った。 ▼佐助が羨ましく思ったのは、本当は佐助も政宗が好きなので、元親が恋人というだけで無条件に政宗と、彼の残りの幸福な日々を共に過ごすことができることと、なんとなく生きてる自分と違って、確かな幸せの中で過ごしていることに対してです。 わかりにくい。 お付き合いありがとうございました!! |