小説 | ナノ
蘭鋳



「あ、金魚死んでる。」

ぷかぷかと水面で浮かぶわけでもない。屋台のおじさんがくれた金魚は小さな盥を飛び出てフローリングの上で死んでいた。



祭りといえば、夏だ。浴衣姿の女子がいつもより化粧を濃くしてみたり、普段は門限で早く帰ってしまう子も、補導されそうな時間帯まで彷徨くような、浮き足立つ雰囲気を祭りは運んでくる。汗のにおい、暑苦しい人混み、そして浪費。俺の片割れは祭りが嫌いだった。

「あれほしい。」

わたあめもかき氷もなにもいらないと言った祭り嫌いの片割れが唯一興味を示したのが金魚だった。元々片割れに甘かった父は、気の済むまでやりなさいと屋台まで俺たち二人を連れていった。結果的に言うと、金魚は一匹も取れなかった。しかし、お店の人が気を利かせてくれて一匹だけ安っぽいビニールの袋に入れ、わけてくれた。
片割れはふよふよと泳ぐ金魚をただただ黙って見ていた。

「人ってそんな簡単に変われるもんじゃないしね。」
「五月蠅ぇ。」

俺の右側で、げぇげぇとリバースしてるのは昔は弱くて暗くて人見知りが激しかった片割れだ。俺から見れば今だって根暗で弱虫で大して成長してないように見えるけど、学校ではわりと明るく振る舞ったりそれこそ嫌いだった祭りにも、夏になれば行ったりしている。

「Shit!誰だよ教室に熱帯魚なんて持ってきたのは!」
「知らないじゃん。俺クラス違うし。あはは、骨ぼこぼこ。」

背骨を押せば睨まれた。別に怖くもなんともない。だって、高校生にもなって昔死んだ金魚がトラウマで今でも生魚は見られないだなんて剰りに幼稚でかわいいだけでしょ。この根が真面目な片割れは、金魚を殺したのは自分だと思ってる。あのとき自分が金魚が欲しいだなんて言わなければ、と馬鹿げたことを真剣に考えてる。

「金魚が死んだのはさぁ、確かになんの設備もない盥に入れたことも悪かったかもしれないよ?でもさ、何度も言ってるけど、直接の死因は金魚が跳ねて盥から落ちたことじゃん。あればっかりはどうしようもないよ。」

祭りの次の日、二人で様子を見に行けば、鮮やかな橙色の金魚は盥から落ちて死んでいた。当時から冷めていた俺はそんなうまくいくわけないよなぁと思っていたのに対して、純粋だった片割れはわんわんと泣いていた。

「はは、そういえば昔は随分泣いてたよね。『しゃっけ、しゃっけ、』ってさ。滑舌悪くて佐助って言えてないのがかわいかったなぁ。」
「…昔のはなしだろ、」
「うん。昔のはなし。」

かわいげ無いな、と笑えばまた睨まれた。口周りはべたついていて後で唇荒れちゃいそうだったからティッシュペーパーで拭いてやる。

「でも今だって大して変わんないよ。魚を見れば俺のクラスまで逃げてくるし、お祭りに行けばその日の晩は俺と一緒じなきゃ寝れないし、」
「黙れ!」
「だって、」

学校の薄暗く汚れたトイレで、片割れの唇にキスをする。舌を入れると予想通りゲロの味で眉間に皺が寄った。

「おまえ…」
「だってさ、政宗ったらずるいんだもん。一人だけさっさと普通になろうとしてさ。俺のこと置いてけぼりにするなんて酷いよ。」
「ちが、それは…だってお前が…」
「なに?俺が騙したって?そりゃきっかけは俺かもしんないけどさ、だからって双子で同性の俺とキスしたりセックスできるのは紛れもなく政宗が俺のことを好きだからじゃない!」
「やめろよっ!」

怒鳴りつけた政宗は再び便器に顔を突っ込み、呻きながらもどしている。
俺たちの関係が、只の双子から歪みだしたのは、確かあの金魚が死んだ夏からだ。

俺が片割れである政宗を特別な意味で好きになったのは死んだ金魚を目の前にして政宗がわんわんと泣いたときだ。そのときそっとキスをすれば政宗はぴたりと泣き止み、こてんと首を傾けた。

「いまのなに?」
「わかんない。やだった?」
「やじゃない。」

周りから見れば微笑ましい兄弟愛だっただろう。でも、そのときの俺には既に兄弟愛では許されない感情を彼に抱いていた。人見知りな片割れの情報操作は簡単なもんで、これは兄弟の繋がりを確かめるものなんだよと嘘を吐いてセックスまで(正確には寸止め)やってしまったのは中二の夏だ。あのときは、まさかここまで俺を信頼しているなんて、という驚きと喜びで思わず笑ってしまった気がする。

「なににやにやしてやがる。」
「あれ、笑ってた?初めて政宗とえっちしたときのこと思い出してたの。」
「ほんと死ねカス野郎。」
「うわ、酷い!」

そんなかわいかった彼がこんな風に俺に反抗的になったのは高校へ入ってから。
交友関係が広がったことにより、俺たちの関係が歪みきっていることにようやく気づいたらしい。最初はかなりショックだったらしくて殴られたりしたけど、俺は知ってる。俺たちは双子、ふたりでひとり。どれだけ不自然なことであろうとも最早俺たちは離れられない。

「それなのにさ、離れたいだなんて。」
「…」
「わかってんでしょ、政宗だってさ。俺なしじゃ生きていけないこと。本当に俺が憎くて嫌いならこんな風に弱ってる姿見せないもん。」

もう一度政宗の濡れた唇にキスをする。お世辞にもおいしいとは言えない苦いような酸っぱいような口内を舐め回して抱きしめた。

「ひとりだけすいすい泳いでいくなんて許さないから。」

あの日の金魚は、俺たちそのものだ。




▼兄弟パラレルやってしまったけどあんまりいかせられなかったです…。
金魚すくいの金魚は蘭鋳じゃないけど金魚よくわかんなかったので蘭鋳にしときました。
お付き合いありがとうございました!



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