この痛みは酸性雨 | ナノ
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佐助は交通事故に遭ったらしかった。政宗が病院に連れてこられたのは、未成年者であるのに誰とも連絡が取れず警察側が困り果てていたからだった。政宗は佐助の家庭事情について一通り知ってはいたので佐助が親戚夫妻に迷惑掛けるのを申し訳なく思っているのを知りながら、警官に親戚がいることを伝えた。すると警官は親戚に連絡を取ってみると言ったきり政宗を置いていってしまった。

政宗はというと泥まみれの佐助のリュックをぎゅう、と抱きしめたまま手術室を凝視していた。リュックは警官が持ち去ろうとしたのを突嗟に捕まえ、無言で訴えると、少し困った顔をした後まぁ事件じゃないしいいよ、とそっと渡してくれたのだった。そのときも今も涙が出ないのは現在の状況が信じられずにいたからだ。

「君、佐助の知り合い?」

突然の声に振り向くと、長い髪を一つに束ねた、政宗や佐助と違い体格の良い男が目を丸くして立っていた。

「……」

肯定の言葉を発したかったが声にならなかった政宗をさほど気にする様子もなく男は政宗の横に腰掛けた。

「佐助バイト以外では知り合いいないって言ってたんだけどなぁ。」

駆けつけてくれる友達いるじゃん、等と天井を見つめながら零していた男が気が付けば政宗をじぃと見ていた。居心地の悪くなった政宗は服が汚れるのも構わず佐助のリュックをさらに強く抱きしめた。

「ねぇ君さ…」

先程までの軽い口調とは違い真剣な口調になった男の顔は口調にあわせて何処か真剣に見えた。

「もしかしてこないだまで行方不明だった子?」

「は…」

「やっぱりそうだ。どこかで見たことあると思ったんだ。そっかそっか。」

政宗は男の言動に苛立ちを覚えた。自分は今にも倒れてしまいそうな程壁一枚隔てた手術室の中が心配で仕方がないというのに無神経にも関係無い話をべらべらとしてくる男の神経を疑っていた。

「あれ?でも前テレビで見たとき佐助なんも言ってなかったよな。君本当に友達なのか?」

その瞬間政宗は言葉より先に慶次を殴りつけていた。

「五月蠅ぇ!俺は佐助の恋人だっ」

遠くで待機していた看護師が慌てて止めにはいると、感情に任せて動いたことをきっかけに政宗の目からはぽろぽろと涙が零れ出し、殴った際に落ちた佐助のリュックを再び抱きしめた。座り込んだ政宗の様子を見て男は殴られた頬を押さえることもなくゆっくりと視線を合わし難しい顔で言った。

「じゃぁ君が、佐助と暮らしてた子なんだな?そうか…君が…」





前田の難しい表情の理由はほんの少し前に遡る。バイトのシフトのことで電話をかけた前田はなかなか佐助が出なかった為、シフトの話をするついでに自慢の姉の料理を持って行ってやろうと一度だけ行ったことのあるアパートへと向かった。以前行ったときは彼女がいるからか中に上がらせてもらうことは出来なかったが、其れほど彼女を大切にしているなら今回も入れてもらえないかもしれないな、と苦笑いをしつつ古びたアパートの呼び鈴を鳴らす。一向に出てこないのでこのアパートのボロさ具合なら壊れてることも有りうるなと次は扉を思い切り叩いてみた。すると思った以上に音が響き、その部屋の住人ではなく隣の部屋の住人が苛立ちながら出てきた。

「ちょっと何なのよインターホン付いてんの見えないの?」

「あ、すみません。えっとここの部屋の奴知りませんよねぇ」

知るわけないでしょと一蹴した女はしかしそういえば、と話を始めた。

「ここの奴ら別れたわよ、絶対。」

「どういうことですか?」

前田が食いつくと女は何処となく楽しそうな顔をした。こういう女は他人の不幸が何よりも甘いと思っている節がある。

「私ここの旦那さんとよく帰りが一緒になってたんだけど数日見なくてね。まぁフリーターぽいしそういうこともあるのかな、って思ってたらこないだホテルから女と出てくるの見ちゃってさ。」

前田はその話にたらりと冷や汗をかいた。そしてある考えを否定する為、質問を投げかける。

「で、でも彼女さんってことも…」

「違うわよ。だって女の人オフィス街に向かったもん。ここの彼女さんずっと家にいるから勤めてる訳ないし。」

「や、だからって別れたとは…」

「だからぁ、彼女出て行っちゃったのよ。彼女かなり忠実な人みたいで毎日料理の匂いとか掃除機の音とかしてきてたんだけど、こないだから一切しないんだから。」

自分が紹介したバイトで一組のカップルを別れに導くなどとこれっぽっちも想像していなかった前田は衝撃を受けた。
女は他にも会話が聞こえなくなった等と言っていたが前田の思考は鳴り出した携帯に向いた。

それは遠い病院からの連絡だった。
前田に電話がかかってきたのは、一番最後に着信があったからという理由らしく、内容としては佐助が事故に合ったのでもし親しい間柄なら来て欲しいというものだった。手術中であるが命に別状は無いという容態を聞き胸を撫で下ろした前田は早速自分以外に駆けつけてくれる知り合いがいないらしい佐助に詫びを入れに、少々遠い病院を不思議に思いながら向かうことにした。






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