この痛みは酸性雨 | ナノ
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政宗が目を覚ますと部屋には雨音が響き清々しい目覚めには程遠かった。時計を見れば二時間程寝てしまっていたらしく雨はその間に降り出した様だった。窓から見た雨が剰りにもきつくて、ふと佐助は傘を持っていないんじゃないかと政宗は思った。

「顔も…見れなかった…」

時間的にはかなり経っているのだからもう家には着いているだろうと思いながら、もしどこかで雨宿りをしているなら傘くらい持って行っても許されるだろうかと少しの欲が沸く。
傘を渡せなくても、遠巻きにでもいいから、もう一度だけ佐助の顔を見ておきたい。そんな本音を雨の所為にして政宗は立ち上がる。落としたままにしていた携帯を取り、小十郎へ電話をかけた。

『政宗様?いかが』

「小十郎!俺、ちょっと、傘持ってってくる。すぐ帰るから!」

電話の向こうで小十郎が名前を呼ぶのが聞こえた。しかしそれを無視して通話を切ると携帯をベッドへ放り投げて部屋を出る。

「ちょっと出かける。小十郎にも言ってある。」

部屋の前に立っていた監視役の使用人にそれだけ告げ、駆け足で家を出る。

政宗は傘は持ったのに差すのさえ忘れて雨で泥濘んだ道を走った。冷静に考えれば佐助が真っ直ぐに帰ったとは限らないしどの道を通ったのかも定かでは無かったが、最後に一目、という思いの強さがアパートへ帰るなら駅へ、という単純な思考回路しか導かなかったのである。

駅まではまだ少し距離があり、普段は人通りも少ない道で政宗はふと異変に気付く。立ち止まって雨で濡れた髪を払い、周りを見渡せば自分の目の前1メートル先付近に何やら人集りが出来ているのだった。パトカーも数台止まっていたが政宗にとっては取るに足らないことであり、止まっていた足をやはり傘も差さずに動かした、と同時にピーという笛の音が響いた。

「すみません。これより先通行止めです。」

政宗の前を警官が遮った。

「君、悪いんだけど駅へ行くならもう一本隣の通りへ行ってくれるか?」

レインコートの警官は政宗が傘を差していないのを不思議そうに見ながらももう一つの通りを指さし、傘は差した方が良いぞと笑った。政宗はそこでようやく自分が傘を差していないことに気付きああ、はい。と気の無い返事をした。

こうしている間にも佐助は離れてしまうと思った政宗は自分を足止めした事故現場を少しの恨めしい目で見た。そこで警官が持っていたリュックに目が止まった。
派手な緑色のリュックはこの雨で泥濘んだ地面に落ちたのだろう、そこら中に泥が跳ねてブランドのロゴが半分ほど隠れているが、リュックから半分出た極彩色のヘッドホンは間違いなく佐助が愛用していたものだった。

「あ…?」

政宗からさっと血の気が引く。震えだした指先は雨に濡れて体が冷えた訳では無かった。頭に殴られた様な衝撃を受けながら政宗は先ほど通行止めと言われた場所までよろよろと歩き、それを見つけた先程の警官が訝しげな顔で政宗に詰め寄った。

「こら。さっきも言っただろう。こっからは通行止めだって。君、傘も」

「あれ、」

「え?」

言葉を遮られた警官は少し驚いた表情を浮かべる。

「あのリュック、佐助のですか…」

政宗の言葉を聞いて警官の顔色が変わる。濡れたシャツごと腕を捕まれて、興奮を抑えるように、君はあのリュックの持ち主と知り合いなのか、と聞かれれば政宗はどうしようもなく噛み合わなくなりがちがちと音を鳴らす口を精一杯動かして、そうかもしれません。とだけ発した。





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