佐助は何故帰ってこなかったのだろうか。 あの窮屈なアパートと違い、広々とした部屋に設置されたベッドに横たわる政宗の思考を埋め尽くすのはこの疑問だけであった。その唯一の思考をぼんやりと、しかし一日中巡らすことが保護されてからの毎日となっていた。 「政宗様、失礼します。」 そんな思考を中断させた声の主がノック後、一礼してから入ってくる。政宗が相変わらず横になったまま視線だけを世話係の小十郎に向けると、彼はベッドに近づき小さな声で言った。 「お食事の準備が出来ております。」 「…いらねぇ」 「なりません。今日こそは食べるとお約束した筈です。」 「だって…食欲ねぇ」 小十郎は小さく溜息を吐いた。ここ数日食事の度にこの会話を繰り返しているのだ。 政宗を、何よりも大切に守り育ててきた小十郎にとって、今回の一連の出来事は許しがたいことであった。黙って出ていった政宗に対してではない。というのも小十郎は政宗の失踪の理由を勘付いていたのだ。佐助のことは元から話を聞かされていたし、失踪数日前からこそこそと荷物を纏めていることも知っていた。それでも黙っていたのは、偏に政宗への愛情であった。 「政宗様、私がどれほど心配したかお分かりですか。ようやく戻ってきたあなた様が衰弱しきっている様子を見て、どれほど胸を痛めたかお分かりですか。」 「……」 「政宗様が少しでも小十郎を想って下さるのなら、どうか食事をとって下さい。」 昔から自分に付き従ってくれた男のその広い肩が微かに震えているのを政宗は確かに視界の端で捕らえた。 |