この痛みは酸性雨 | ナノ




「こんばんは、佐助くんね。」

「あ、こんばんは。」

前田に教えて貰った場所は繁華街にある居酒屋であった。高級なレストランだったらどうしようかと考え倦ねていた佐助にとって居酒屋という場所は緊張を解すことになった。

「ふふ、居酒屋って初めて?未成年よね?」

「あ、いえ何度か飲み会で。」

「あーそっかそっか。そうよね。」

個室に入ると、女は生二つ、と店員に声をかけ、それに続けて料理を注文していく。揚げ物やご飯物も注文されたのは、佐助を気遣ってのことかもしれない。

「はーそれにしても男前ね。慶次くんからは彼女と同棲してるって聞いたけど。彼女さんからの電話とか、平気?」

「あぁ、相手、携帯持ってないんで。」

佐助が事実を告げると、女は今時珍しいわね、と目を丸くした。政宗の携帯は、卒業式の日に二人で川へ捨てた。携帯のGPS機能なんか使われたら、すぐにでも二人の生活が終わってしまうからだ。

「じゃぁ、彼女さんは心配してるかもね。今頃どっかのおばさんと浮気してるかもーってさ。」

あはは、と笑う女性はおばさんと呼ぶには若く、美しかった。しかし佐助にはそんなことよりも、浮気、という言葉に過剰に反応をみせた。

「あの、俺、恋人のこと、ほんとに好きなんで…その、」

この場での、この佐助の言葉は、失礼極まりないものであった。十代の青年が、年上の女性に食事に連れていって貰う、という名目上の場であったとしても、女性にに対して全くそういう対象に見れませんという佐助の言葉は、実に失礼であるといえる。しかし、佐助の目の前の女性は、穏やかに笑ってみせた。

「ふふ、わかってる。私だっていくらなんでも未成年者に手を出すわけにはいかないんだから。これは単なるお食事会。仕事で疲れきったおばさんの愚痴を聞く為、のね。」


それから佐助と女性は頻繁に会うようになった。会うと言っても、肉体関係などは一切無く、本当に食事をさせて貰うだけで、食事が終われば彼女はさりげなく封筒に包まれたお札を佐助のポケットにねじ込み、今日も楽しかったわ、と笑う。初めて封筒を見たときあまりに高額が入っていたので、慌ててその場でこんなにいりません、と言えば彼女はやはりにこやかに微笑んで、少なくてもお食事付き合ってくれるかしら?と佐助に訊ねた。

佐助にとってもこの時間は心地良かった。勿論自分だけが贅沢な思いをしていることや政宗に内緒で女性に会っていることに罪悪感はあったのだ。だからこそ政宗とは簡潔な会話で済ませ、家を出る。
少しお金が貯まれば必ず早く帰ってくるよ、と心の中で叫びながら玄関の扉を開けていた。

そんなある日、いつものように女性と食事を済ました。いつもならすぐに封筒を取り出し去っていく彼女は、今日はやけにぼんやりしている。

「どうかしたんですか?」

そう訊ねると女性はごめんごめんと笑って鞄から封筒を取り出した。しかし佐助はそれを受け取らなかった。
佐助は普段からこの女性に対しても罪悪感を感じている節があったし、何より今は純粋に、元気のない彼女が心配だった。

「今日なんだかずっと上の空って感じですし、お金、いいです。」

「でも、」

「俺、あなたのこと、好きだから。元気になるまで受け取りません。」

本当なら元気であろうと無かろうと受け取るべきじゃないんだけど、と佐助が苦笑いをすると、女性の顔が、涙で歪む。


「え、あ、あの」

「佐助くん、」

ふわり、香水の香りがする。

「あなたの好き、て言葉、こういう意味じゃないって分かってる。でも、」

今日だけ一緒にいて。



















それはまるで佐助が政宗に同棲しようと誘ったときのような雰囲気だった。選択肢はあるのに、相手は断れないような、縋りつくような声だった。


この日初めて佐助は六畳一間のアパートに帰らなかった。













佐助と女性の間にはなにもありません。
ホテルに行ったけど何もせず、女性の話を聞きながら眠りについただけです。



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