「政宗っ!」 がしゃんと籠が床に落ちた。 「政宗?どうしたの?」 意識無くぐらりと揺れたその体を懸命に支えながら佐助は自分達(正確には政宗)が『失踪者』であることも忘れ、その名を呼んだ。政宗の顔色は青白く、それは佐助の冷静さを欠くのに充分なことであった。 「き、救急車、」 佐助が焦った声でそう呟いた瞬間、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。 「猿飛くん?」 「…い、ちせん、せ」 声の主は佐助の高校の保険医であった。佐助は彼女を見た瞬間、冷静さを取り戻し、今自分がすべきことを突嗟に考えた。 「市せんせ、手伝ってっ」 市にとってそれは不思議な光景であった。市の記憶を辿れば、佐助という青年は常に飄々としていた筈であるからだ。保健室にサボりに来ようが、怪我をしようが、三年通った高校を卒業しようが、彼には毎日の繰り返し、日常でしかなかった。その彼が今、人間を抱きながら必死の顔をしている。 それは市を動かす充分な理由となった。 「取り敢えず、車に。」 周りの客が異変に気付いて近づいてくる前に、三人は外に出る。買い物籠はがしゃんと落としたままになっていた。 「たぶん、ただの貧血だと思う。」 たまたま休校日だったらしい市は、部活の始まる時間に合わせて学校へ向かう途中に、保健室に置いておく保冷剤を買うため店に寄っていたらしい。 「貧血って、女の子だけがなるんだと思ってた。」 佐助はそう呟くとまだ目を閉じたままの政宗の前髪を慈しむような手つきでさらりと撫でた。市は政宗の脈をとろうと手首を握り、表情を固める。 「少し、痩せすぎてる気が…ご飯ちゃんと、食べてるのかしら。」 「え、」 政宗を見つめていた佐助が顔を上げ、市を見る。 「あなた達の年齢はたくさん食べなきゃならないの。猿飛くんも痩せてるけど…彼は、なんだか…」 あまり食べてないみたい。 市の言葉は佐助に大きな衝撃をもたらした。そういえば政宗が朝ご飯を食べてるところを毎日確認しているわけじゃないし、昼ご飯に何を食べたのか聞いたわけでもない。佐助の頭の中で、見えていなかったものがはっきりと、姿を現す。 「……」 「ねぇ、猿飛くん、大丈夫、なの?」 市のその言葉は今のこの状態だけを言っているだけでは無いことが佐助にも分かっていた。本当は、大丈夫ではないことも。 おそらく政宗は、自分の食費を削っている。佐助の微かな疑問は今日の出来事により確信へと変わった。それでも佐助は二人の愚かな我儘を止めることはできない。 「ごめん市せんせ…でも俺は、やっぱこのままでいたいんだ。」 それがこのときの佐助の、精一杯の答えだった。 |