スターチスは枯れない
当時の結婚は、政略結婚か人質がほとんどだった。無駄に盛大な儀式の最中、花嫁が人知れず苦い顔をしたのを俺は知っていた。だからといって、結婚自体が悪いものだと思ったことはない。むしろ、それで確固たる繋がりが持てるなら結婚をしてみたいと考えることもあった。
「かすがはさぁ、軍神と結婚したいとか、思わないわけ?」
かすがとは、偵察で出会すことがよくあった。同郷のよしみで攻撃しないというわけではなく、俺達上司の信頼関係から、勝手な行動は慎むべきという考えに至り、同じ人物を監視していても攻撃し合うことはほとんどなく、今のような適当な会話をしながら敵の動きを見張っているのがほとんどだった。
「謙信様と、結婚?」
「そ。」
「貴様ついに頭が沸いたか」
かすがは盛大な溜め息を吐いた。俺はそれを聞き流し、木と木の隙間から見える屋敷に視線を置いたまま訊ねた。
「だってお前、軍神のこと好きなんだろ?そんな一緒に暮らしちゃうくらいにさー」
「馬鹿か貴様。謙信様が私と結婚などするか!」
「わかんないじゃん。同情してくれるかも、」
「私は忍だぞ!、、」
偵察中の屋敷から観察対象が出てきたのは、かすががそう言ったのとほぼ同時だった。
俺はヒートアップしそうだったかすがの口を手で覆い、人指し指をたてた。かすがも姿勢を低くし、くないを抜く。
「とりあえず、今はあいつを追いますか。」
「当たり前だ。」
すばやく木から木へ飛び移り敵を追う。かすがは神妙な面持ちで言葉を発することもなかったが、俺は相変わらずの表情で、敵を見つつも全く違うことを脳裏で考えていた。
(結婚、結婚…忍と人間の、結婚。)
かすがは、忍だといった後にまだなにか言いたそうな顔をしていた。忍だから。人間とは違うから。かすがの答えはそういうものなんだろう。
「なら…」
俺の望みは微塵も叶わないじゃん。敵同士、人と忍、男と男。どう抗ったって、俺達を結ぶものは、戦いだけだ。
「6月みたいな梅雨の時期に、なんで結婚したがるか知ってるか?」
映画館を出たらいつの間にか降りだしたゲリラ豪雨に足止めをされてしまい、仕方なく映画館の入り口で雨宿りをしていたのだが、雨音が少しましになったところで政宗が聞いてきた。
「ジューンブライドだからでしょ、」
「その意味を聞いてんだろ。」
歩き出した政宗に遅れないよう折りたたみ傘を差し出して足を進めれば、手は繋がないものの、体は密着した。
「えー知らない。てかこんな雨のときにほんとに結婚式とかするわけ?」
「確かに日本じゃ少ないらしい。そもそも日本だから関係ないっちゃないかもな。」
神話とか、全く興味がなかったので、政宗の説明に適当な相槌を打つ。そもそも結婚を司る神様(女神様?)は男同士の結婚を想定してるのだろうか。いや、まずこの国で同性婚は出来ないし。相槌を打ちながらそんなことを考えていたら、いつの間にか政宗の話も終わっていた。
「てゆうかなんで急にそんな話始めたの。」
「Ah,」
気がつけば雨も止み、俺は傘を閉じる。少しばかり感じる湿度は確かに高いからか、目の前の政宗の頬は少し赤い。
「どうした?暑い?しんどいの?」
「いや、その…」
何やら様子がおかしい政宗が心配になってきて、俺は平日だから人が少ないというのをいいことに、政宗の手を握り花壇の傍のベンチに座らせた。
「しんどいなら言っていいんだから、」
「別にしんどく…ねぇ」
「でもなんか顔も赤いし、」
顔色を見ようと顎を上げると、うろうろと漂う瞳と目が合った。
「ん?」
「……空気読めよ、ばか。」
「え、なに?俺空気読んでなかった?」
「そう言ってんだろうが!ばか!知るか!」
「ちょ、待ってよ」
急に怒り出した政宗に動揺しながらも、どうにか話を聞こうと背けられた顔をこちらに向かせる。
「言ってくれなきゃわかんないこともあるでしょうが。」
「ヒントはたくさんやった。」
「ヒントってねぇ、なに、ジューンブライド答えられなかったことに怒ってんの?」
「ちげぇし…」
ヒントなんてあったっけと先程までの会話を反芻してみるも、適当に聞いていたこともあって全くわからない。言葉に詰まった俺に痺れをきらしたのか、口を尖らせていた政宗が小さく囁いた。
「結婚、してぇなって…ことじゃんかよ、」
「え。」
青天の霹靂。思ってもみないその言葉に、俺はただただ目を丸くする。
「政宗、それ、えっと…え?」
「んだよ!お前はしたくないのかよ!」
照れを隠すように唇を尖らせた政宗は、なんだか泣きそうな目をしていた。それを見て、ようやく今の状況とか、政宗の言ったことを理解した。
「結婚とか…」
「さ、すけ、」
公園とも、道とも、広場とも言い難いこの空間には、まるで俺と政宗とベンチと花壇しか存在しないようだった。
「結婚とか、そんなのしたら…俺、幸せで死ぬんじゃないの。」
気が付けば、目頭がきゅうと熱くなった。何年ぶりかに流した涙は何の前触れもなく流れ出した、嬉し涙だった。
「ばかっ、なんで泣いてんだよ…まだ、なんも」
言葉に詰まった政宗を見れば、俺と同じように濡れた頬が目に入った。途端、自然と頭がいつも通り慰め役に切り変わった自分が少し面白くて笑った。
「泣かないで、政宗。」
「うっせぇ、先に泣いたくせに!」
「うんうん、ほらほら、目、擦んないで。」
いつの間にか出てきた太陽はきらきらと花壇に咲いたスターチスを照らす。
「政宗、結婚してください。」
あのときの哀しみも、全て。
変わらない心で。
<<
←go to list.