食卓
ずらりと並んだ料理は、どれも手が込んでおり、見た目だけでなく味も最高だ。
「今日は野菜のテリーヌとえびとアボカドの生春巻き、新たまねぎの肉詰めトマトソース煮込み、ピラフ。デザートはマンゴーソースのブランマンジェ。」
緑と黄色のタータンチェックのランチョンマットに置かれた料理に早速手をつければ、料理を作った張本人が興味深げにこちらを伺う。
「やばい。テリーヌちょううまいんですけど。」
「へへ、初めてにしちゃ上出来だろ。」
得意気に笑うと、ようやく自身も箸を伸ばす。恋人である政宗は、必ず社会人の俺の帰宅を待ってから食事する。お腹が空くだろうから、先に食べときな、と言っても待ってるという。昭和初期の亭主関白な家庭に育ったわけでもないだろうに。
「今日泊まってくだろ?」
俺は自分が住んでいるボロい社宅を思い出す。山積みになった洗濯物、カップラーメンのゴミ、洗ってない浴槽、万年床。
「うん、泊まっていこうかな。」
久しぶりにふかふかのベッドで寝たいという欲求は叶えられても良いだろう。休日返上で働かされる俺に掃除なんてしてる余裕ないわけだ。
「なぁ、」
「なに?」
「いい加減さ、一緒に暮らさねぇか?」
お箸を置いて、上目使いに政宗が言った。
「んー…」
「この部屋、一人で住むには広すぎだし、俺、料理だって掃除だって得意だし、できるだけ、佐助といてぇし…」
政宗は所謂おぼっちゃまだ。駅から近いオートロック、24時間管理人駐在、ジャグジー付きの高級マンションは、貧乏な俺からしたら夢のような物件だ。しかも家賃はタダで、食事代も光熱費もいらないという。
「いやね、うん、すごくありがたいんだけど…」
しかしだ。俺は社会人、政宗は学生。自分が養ってあげたいという思いがあるわけだ。それが、ここの家賃を考えれば最低折半にしても、俺の一月のお給料が丸々飛んでいくわけで。
「お家の人のこともあるしさ、さすがに同棲は…」
「家の奴らは絶対来ねぇし、来たとしても責められることなんてねぇ。」
「いやね、んーなんていうかな…」
断る理由は、無いんだ。ただ、俺にだってプライドがある。
「まぁ、ちょっと考えるわ」
曖昧に返事を先延ばしにすると、政宗は不服そうな顔をしながら頷いた。
「やば!」
政宗の家に泊まるのは久々だったこともあり、昨夜少々盛り上がってしまった報いなのか、俺達は盛大に寝坊した。
「うーわ、あと十分で電車出るとか!」
「佐助!朝飯は?」
「時間無いしもう出るわ!」
「あ、佐助、」
ただでさえ安月給なのに遅刻でどやされるとか馬鹿らしい。泊まった日は必ず政宗が朝食とお昼のお弁当を作ってくれるんだけど、今日は諦めるしかない。
「よ、お前が遅刻とか珍しいな。」
「チカちゃん」
同期のチカちゃんとは、部署は違うけれど非常に仲良しで、今でも時間が合えば昼御飯一緒に食べている。缶コーヒーを渡され、ありがたくいただく。
「あれだろ、政宗くんとこだろ。」
「そうそう、久々だからついついハッスルしちゃって。」
寝坊の理由を述べれば、チカちゃんは呆れたような顔を浮かべた。
「てことは今日は愛妻弁当じゃねぇんだな。」
「残念ながらねー」
「んじゃぁよ、久々ラーメン食いに行かねぇか?」
「お、いいね。俺これだけメール返したらお昼行けるし、ちょっと待ってて。」
よし、ついでだから政宗との同棲についても聞いてもらおう。同じ安月給同士、何か良い案が浮かぶかもしれない。
「へぇ、佐助のdesk、意外と片付いてるんだな。」
「まぁね、俺さまこう見えても……え…?」
思いっきり振り返る。いつもの社内、忙しない雰囲気、雑音…そんな背景に不釣り合いな人物が俺を見て笑った。
「弁当、持ってきた。」
はい、と差し出されたお弁当をするするとほぼ無意識に開ける。二段のお弁当には彩りを考えつつも、見栄えだけではなく味の方もしっかり考えられたおかずが綺麗に並べられている。
「佐助、これが政宗くん?」
「あ、えっと…そう、政宗」
チカちゃんの声で我に帰る。社内の人は自分の仕事で忙しいのか、俺達には目もくれない。
「ほー噂通り美人さんじゃねぇか。俺は元親、こいつの同期だ。」
「初めまして。いつも佐助がお世話になってます。政宗です。」
「はは、堅苦しくなるなって!タメ語でいいぜ。」
俺を一人残して進む会話に、思わず席を立ち上がる。
「ちょ、待って、待って待って、政宗」
「なんだよ、嫌いなもん入れてないだろ?」
「いや、もしかしてわざわざお弁当持ってきたの?学校は?てゆかここオフィス!どうやって入ってきたの?」
「猿飛佐助の家族ですが忘れ物を持ってきましたって受け付けで言ったら、家族愛素敵です!って言いながら、ボブヘアーの女がここに案内してくれた。学校はこの後行くし、嫁として旦那の弁当作るのは当たり前だろ。」
逆に何をそんなに驚いてるんだと言わんばかりの顔で説明した政宗は、チカちゃんや周りにいた社員にぺこっと一礼して去っていった。
「へーなになに今の美人さん、佐助のいい人?」
「慶ちゃんウザい。」
「なぁに照れてんだよ、いい嫁さんじゃねぇか!」
「嫁って…まだ結婚とか、ないし…」
「えぇ!猿飛先輩、キープだけして結婚しないつもりなんですか?酷い!」
「ちょ、鶴ちゃんいたの?…」
社内の中でも仲の良い面々がわらわらと集まり出す。会社にまで来たという事実と、俺の膝にのったままの弁当の完璧さから、皆の中で良妻イメージがついてしまったのか、同棲もしてない俺がまるで悪の化身のような言われようだ。
「いやね、皆さん考えて…そら俺だって毎日政宗のごはん食べたいです。行ってきますのちゅうしたいです。弁当食べたいです。帰ってきたらまっさきに笑顔が見たいんです。でもね?俺たちの給与じゃ、あのブルジョア養えないんだよ!」
「ブルジョアがなんだ!」
「そうだ、愛こそ全てだ!」
「ヘタレ!」
散々な非難を浴び、俺の感覚が間違っているのかと思いそうになった瞬間、直属の上司が真剣な面持ちで言った。
「佐助…」
「旦那…」
「奥さんは養ってほしいと言ったわけではないのだろう。お前がいて、きっとそれだけで幸せなのだ。たとえ貧乏でも、お前の力で幸せにしようというくらいの気持ちになれんのか!」
「旦那……誰のせいでボーナスカットに響いてるかわかってる?」
「…すまん。」
しかしまぁ、そうなのだ。実際政宗に、今の生活水準落としたくないとか、年収何千万以上じゃないといやだとか、言われたことはない。ただ、自分の無駄なプライドが、その先にある幸せをないものと考えていたのかもしれない。
「同棲、かぁ…」
「ん?」
昨日の今日で、しかも急に家にいって良いか、と聞いたにもかかわらず、政宗はきちんと料理を出してくれた。どれもうまい。
「いやね、同棲さ、したいって言ってたじゃん。俺さ、安月給だし、変なプライドで断ってたんだけどさ…」
今日の献立は、鶏ささみのチーズフライとポテトサラダ、お味噌汁に浅漬け。
「お金の面では苦労かけるだろうけどさ、一緒に暮らして一緒に幸せになってくれないかな?」
俺の言葉に政宗の目から涙が溢れたのと、熱々の鶏ささみからとろりと溶けたチーズが口に溢れたのは、ほぼ同時だった。
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