短編小説 | ナノ
「こりゃ完全に風邪だな」
わたしの手の中から体温測定器を奪い取るように、彼は言った。
「そんなこと……な……」
「そんなに顔を真っ赤にして強がるんじゃない。ほら寝た寝た」
その口調はまるで、どこぞのお坊ちゃまに言い聞かせるような言い方で。彼はどこまでも世話焼きなんだなと感じた。
「大丈夫 だよ、平気……」
嘘。
体中響き渡ってる鈍い痛み。
なんだか息苦しくて、呼吸するだけでしんどいと感じる。
顔の筋肉すらもピキピキと音を鳴らして、そんな状態でも一生懸命笑顔を作った。
「大丈夫じゃないだろ。無理して、余計に悪化したらどうするんだ」
傍から見ても、どんなに強がっても、わたしの体調がすこぶる悪いのが明白なのはわかってる。
彼はそんなわたしを心配してくれているのか、少しだけ眉尻を下げた。
「……」
わかっているわ。
わたしだって子供じゃないんだから、それくらいわかってる。
体調が悪いときは休養が当たり前だし、むしろ迷惑をかけないようにしないととも思うけれど。
だけど……
「彼女、聞いてるか?」
ほら、とせかされると有無も言えない状態で、腰につけていた枕をベッドの上部に置きなおされた。
支えがなくなったことで、座ったままの体は支える力を必要として全身の筋肉に命令を。そして同時に各所から悲鳴があがる。
起きているのは辛いと身体が泣き言を言って、仕方ないからゆっくりと音を上げるスプリングを聞きながら身体を横たえた。
「今日は一日、ゆっくり休んでてくれよ」
にこ、と爽やかにに笑う君。
あまりにもその瞳が穏やかすぎて、泣きそうになってしまう。
「ごめ…ごめんなさい、ガイ」
「うん?」
「せっかく、せっかく、お休みなのに……」
やっととれたお休みで、街へ出かけようって言ってくれたのに。
わたし、すっごくすっごく嬉しくて、どれだけこの日を心待ちにしていたのかわからないよ。
なのに、なのに、当日にこんなことになってしまうなんて。
わたしって、本当にダメな女。
「バカだなぁ」
彼は一瞬目を点にして小さく吹き出したように笑うと、そう言って眉尻を下げた。
「休みだから安心したよ。今日はずっとキミを見ていられる」
仕事があったら様子を見に来るのも時間が空いてしまうだろって、枕元に座り直してそっとわたしの頭を撫でた。
「予定は変更になったけど、一日中二人きりでいられるから俺は嬉しいよ」
無邪気に笑った彼の口から白い歯がのぞく。
息苦しい呼吸が更に困難を増して、わたしは一瞬息を止めた。
申し訳ない気持ちなんて、たったその一言で吹き飛んでしまって。
気が逸れたら本格的に熱が上がってきて、なんだか眠気が一気に襲ってきた。
「……ありが…と……」
自然に上がった頬で彼へ向くと、彼もどこか嬉しそうに微笑み返してくれる。
髪の毛をゆっくりと掬いながら、おやすみ、そんな声が最後に聞こえた気がした。
あなたと一緒にいられるのなら、
満足してしまうのは、不謹慎?
***―――――――
掲載時期:2014/5〜2014/7
前後がないお話を書くのはとても苦手だというのがわかりやすく出た文章になりました。
こちらに出すのも躊躇しましたが……、歴史は残しておこう……。
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