Épelons chance | ナノ



22.非とジの勝る惑い


シュザンヌ婦人の見舞いから戻ったルーク達と別れ、イオンと同じように城へ用意されたという部屋で息を付いた。セントビナーを出てからというもの、慌ただしく毎日を過ごしていたため、こんな風にゆったりとした空間で心を落ち着かせられるのは久しぶりだった。通された部屋も、客間だというのにも関わらずとても広く、使者として来訪した者一人一人個別に用意されていた。一人になるのも久しぶりだ。静かな部屋は、自分が立ち上がったり歩くだけでその空間を作る音が響く。先程メイドが届けてくれた紅茶を手に、ミカルはソファへ腰掛けゆっくりとした時間を過ごしていた。時計の音がカチカチと告げる。

コン、と二回、扉の音が叩かれると、ミカルは口にしたカップをテーブルへ置き、どうぞと返事を返した。
するとそこに現れたのは、青いドレスに身を包んだ、この国の王女だった。








22.非とジの勝る惑い









「ナタリア様!いかがなさったのです?」

ミカルは慌てて立ち上がると、その身を正してナタリアへ直った。

「いきなり押しかけて申し訳ありません。入ってもよろしいかしら?」

もちろんです、とテーブルに隣接した椅子を引き出す。ナタリアは「ありがとう」と言ってそこへ腰掛けた。ミカルはソファではなくナタリアの正面の椅子に腰掛けると、接近したナタリアを思わず見つめた。公爵邸で顔を合わせてはいたが、彼女はやはりとても美しい。こうして間近で見るとなおさら思う。碧色を覆う長い睫毛は高貴さを主張させ、金に輝く髪はゆるく彼女の頬を伝う。一つ一つの動作はどれをとっても厳かで、自分が目の前に居てもいいのかと少し不安もよぎってしまう。


「…あなた」

そっと口を開いたナタリアの瞳には、くっきりとミカルの姿が映る。その瞳に吸い込まれるように目を奪われると、ナタリアは困ったように「ええと…」と呟いた。
どうかしたのだろうか、とミカルはふと頭を巡らせるとひとつポンと頭に浮かぶ。

「し、失礼致しました。わたくしはミカル・ティアーニと申します」

よくよく考えると、ミカルはガイからナタリアの名前を聞いていたし、ルークが話しているのを見ていたからわかるが、彼女には自身を名乗ってはいないのだ。

「いいえ、ありがとうミカル。わたくしも失礼でしたわね。ご存知だとは思いますが、わたくしはナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア。キムラスカ・ランバルディア国の王女です」

はっきりと言葉を述べ終えると、彼女はよろしくと勇ましく微笑んだ。

「あの、それで…わたくしに何か御用が?」
「あなたはマルクトからいらしたと聞きましたので、少しお話をと思ったのです」

敵国としてではなく、その地に住まう者として話が聴きたいと彼女は言った。政治や国に関する話ではない、単なる世間話をしようと言ってきたのだ。
ミカルはその言葉に感銘を受けて、ナタリアの瞳を見つめ直した。澄んだ瞳――彼女の王女としての考え方は、ミカルが求めるものに似ていた。それが嬉しくなって、キムラスカを想う気持ちが今まで以上に和らいだ気がした。



「先程公爵邸でお会いした時も思ったのですけれど…あなたの容姿が気にかかっていたのです」
「わたくしの、ですか?」

ナタリアは小さく頷くと、ミカルの肩にかかる髪を見る。

「マルクトでは、髪と瞳に漆黒を纏いし姫君が誕生したとの噂があると」
「そ…そうなんですか」
「小さくて健気に動き回る様は、“働きアリ”と称す方もいらっしゃいましたわ」
「は、働きアリ……」

キムラスカまで噂が広まっているなんて思わなかったけれど、さすがに働きアリは心外だ、と表情に出さないように哀しむ。姫君と呼ばれているのにアリと称されるなんて……やはり、噂とは進む距離が伸びれば伸びる程不確かなものになっていくのだろう。褒められているのかけなされているのかわからないその噂に、ミカルは微妙な反応しかできない。
ナタリアは何の悪びれもなく「ミカルのことではありませんの?」と訊ねると、返答に困って自嘲気味に笑った。反応を見る限り、彼女は悪気があるわけではないようだ。

「姫、ではありません。が、おそらくわたくしのことだとは……思います」

 


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