Épelons chance | ナノ



62.朱に始まる儀




「それなら、わたしに行かせてくださいませんか?」
「だがなぁ……」
「調査団はベルケンドに出てますから…。わたしだってそれなりに知識はありますし、適任だと思うのですが」


机に頬杖をついて、褐色の眉間にむすっと皺が寄った。


「ならジェイドに頼むんですか?マルクト一の頭脳の彼ならすぐに戻って来られると思いますが、仕事が多忙で最近寝ていないそうですよ。なんでも、誰かの仕事が回って来るとかで、睡眠も食事もとる時間がないとおっしゃっていましたが……」

顎に手を当てながら、さも考える仕草で皇帝から視線を外す。「誰なんでしょう?一体その方って」と首を傾げると、黒く美しい髪がはらりと肩をなぞった。


「ああもう、わーったよ!」


男はそう大きく嘆き声を上げると、荒々しく髪をかきむしる。ヒクつく唇を歯で噛み、机の上にあった紙を握り締めて彼女へため息と共に差し出した。その様子に、差し出された本人はさもご満悦そうな表情で「わあ!ありがとうございます!」と微笑んだ。




「……お前、ホントあいつに似てきたよな」











62.朱に始まる儀












数日前だ。セントビナーに住む者たちから、フーブラス川周辺の植物が一部枯れているとの情報が上がってきた。
植物が枯れることなどなんの変哲もない。生きるという観点では当たり前のことではあるが、問題はその場所が川の近くだということだった。マルクトでは日照りもキムラスカ程強くはなく、水気という点では枯渇という言葉はあまりにも遠く離れている。季節でもないのにわざわざそんな報告が上がっているというのは、何か異常が起きていると考えるのが妥当だった。
しかし、今調査員たちは別件でベルケンドへ派遣されており、グランコクマに残っている科学者は数が多くない。先延ばしにしようとしたところで、ちょうど皇帝の部屋を訪ねてきたミカルに見つかってしまったというところだった。

ここしばらく、彼女の様子は以前に比べて大分マシなものになっている。相変わらず貴族院の会合に出てはいないようだが、空いた時間に軍の方で手合わせをしたり、街へ出て見聞を広めているようだ。時には書庫へ篭もりきりになって、本の虫になるときもあるようだが。

目まぐるしく変わる彼女の表情は、グランコクマに戻ってきたときと比べて雰囲気も含め変わり始めていた。それと並行して、街で暮らす人間たちの預言に対する姿勢も徐々に変わりつつある。為政者によって国の考えは左右されるというが、ピオニー九世陛下を慕う人間は多く、時間が経てば経つほどに、その信頼と人望の厚さにより民たちも受け入れるようになってきている。
それでも、全ての人間が、というわけではないが。


彼女らが旅を終え戻ってきてから、既に一ヶ月。

たった一月ではあるものの、彼女の周辺は騒がしすぎた。
それでも彼女の瞳を見る限り、良い方向へ向かっているのだと見受けられれば、何かを咎める必要もないのだとピオニーは思う。嬉しそうに宮殿を出て行った黒い瞳を思い出しては目を瞑り、それでもやはり心配が先立つのか、口からは吐息が漏れた。





 


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