Épelons chance | ナノ
61.彼と彼女のデプレッション
「皇帝暗殺の首謀者、またその協力者は全て拘束できました。あなたが手を貸してくれたおかげです、ガイ」
らしくもない、旦那が「ありがとう」だなんて言葉を口にした。
「これで、ご自身の職務だけに集中ができますね」
「はは……やることは変わんないさ」
相変わらずの厭味を言われるが、なんとなくいつもと雰囲気が違う気がした。
俺の仕事は、皇帝の傍付き。……なんて謳っちゃいるが、実際のところはブウサギの世話係だ。
初めて話を聞かされた時には驚いたが、その時にひとつ、ジェイドから頼まれごとをしていた。
『皇帝の暗殺を目論む人間がいるんです。首謀者は特定できているんですが、尻尾が掴めないんですよ』
この街はおかしなことに、皇帝のブウサギが逃げ出してあらゆるところにそいつが出てきても驚きもしない。いや、驚きはするんだろうが、そこに存在することを疑問に感じないみたいだ。どうにも変な話だよな。だいたい、なんで神聖な宮殿に野放しにされてるのかもわからないし。
そこで、俺が世話係をやりながら、暗殺計画を企んでる連中の見張りをしていたわけだ。
だが……
『陛下に取り入る為にわたしに近づいてるって、わかってたことだから』
『大丈夫だから、そんな顔しないで、ガイ』
そんな顔で笑わないでくれと言いたかった。
痛々しい程に、哀しいとか辛いとか、そんなことを微塵も感じさせない彼女の笑顔を見るのが苦しくて。
正直、こんなことになるなんて思ってなかった。
俺があの時、もっと早く止めていれば、あんなことにはならなかったのに。
「……ところで、気になることが一つ」
「ん?」
「先日お話した、死体で上がった人物の件ですが」
「……ああ、ちょうどミカルが来たときに話してた、あれか」
ジェイドは椅子に座ったまま、一瞬だけ視線を机に置いてある書類に移して、すぐに口を開いた。
「あれは首謀者との関連性がありませんでした」
「? 無関係だったってことか?」
「おそらく、今回の件には。ですが、共犯者の中に一人だけ、おかしな証言をした人間がいます」
「……共犯者?」
顔色ひとつ変えずに言う奴の様子に、どこか引っ掛かりを覚える。
何かいやな予感がして「もったいぶらずに、はっきり言ってくれよ」と言うと、奴は変わらず能面のまま言った。
「共犯者は暗殺を命じた。しかし、陛下の周りに常においていた兵からは何も異常はなかったと聞いています。そこで、街に聞き込みをしたところ、死体が上がる数日前、人が襲われていたと目撃を得ました」
ジェイドは俺から視線を外すことなく、話し続ける。
…こういう時は、決まって何かあるときなんだ。ジェイドは「あなたも察しがついていると思います」と続けた。
「暗殺の対象はミカル・ティアーニ。そしてそれを命令した人間は、先日拘束したアレク・ジョウィリア・デント元伯爵です」
言われて、特に驚きはしなかった。奴がミカルを殺そうとしている現場を、俺はこの目で見てるんだ。今更驚きはしない。
だが、問題は彼女の方だ。
「ミカルはそんな素振り全くしなかった。一言も……」
「ええ。我々に心配をかけまいとしているんでしょう。おそらく、彼女は命を狙われることに何か心当たりがあるはずです」
「…その男とデントの関連性、彼女は知ってるのかな」
俺が呟くと、ジェイドは「知らされてはいないんじゃないですか」と答えた。そしてその口で、「ですが、あれもまた鋭いですから、感づいてはいそうですね」と続ける。もし彼女が知らないのであれば、このまま知らない状態でいさせてやりたい。これ以上追い詰めてどうなるっていうんだ。
「……一体なんだって彼女が狙われるんだよ」
悔し紛れにこぼれ落ちた。
元は皇帝暗殺から始まった今回の事件は、形を大きく歪ませてケリをつけた。首謀者にも首を捻らせる展開を広げて。
傷ついた羽根を見せようとしない彼女の心を支えてやりたい。だが、彼女は羽根をたたんだまま見せようともしてくれない。
レプリカってだけで殺されるなんておかしいだろ。レプリカってだけで、なんだってこんな目に合わなくちゃいけないんだ。せっかくそのことを飲み込んで立ち直ろうとし始めたのに、周りがこんな風じゃ彼女が壊れてしまうだけだ。
「彼女に関してはわたしも裏で調べていきます。デント元伯爵も独房の中ですし、すぐに何かわかるでしょう。……それまでは」
ミカルのことを、頼みましたよ
そう、口が動いたんだ。
おそらく、誰よりも気になってるだろうに。あんたは隠してるつもりかもしれないけど、いつだってミカル中心で物事を考えてるだろ?
それなのに、俺に頼むなんて。
「……任せてくれ」
あんたが認めてくれたんなら、それ以上のことを返すまでだ。
61.彼と彼女のデプレッション
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