Épelons chance | ナノ



59.マルイ瞳が知っている


薄暗い部屋の中で、ぽつぽつと小さく開かれる口元が声を紡ぎ出す。


「物質同士の音素と元素が融合する現象、これをコンタミネーションという」


机いっぱいに広げられた書物に、右から左へと瞳が動く。
それと同時に、右腕が傍らに置いてあったペンを握り締めた。

「物質を構成する分子を同化させてしまえば……」

握り締めた手の内で、ペンが光り輝く。本から目を離して見守るように拳を瞳に映すと、手の中にあった物体は跡形もなくその場から消えた。
開いた手のひらを握り、開いて、また握り、彼女はそれに合わせてパチパチと瞬きを繰り返す。「これがジェイドが普段使っている武器の収納ね…」と呟くと、再び手を握った。

「この状態なら確かに、ダアトから何かを持ち出すことも可能…だけど」

手をジッと見つめて、ゆっくり目を閉じた。握られた手が再び光ると、その中にはペンが何事もなかったかのように姿を現す。
音素と元素の違いにより融合する、それを故意に扱うとこのようなこともできる。一般的には言葉だけは知られているものの、実際にそれを活用できる人間はまずいない。知識かぶりの素人が手を出せば大変危険で、体に異変が起きてもおかしくないものだ。しかし極稀に、その現象が偶然起こってしまうこともないとは言い切れない。あくまで、音素の扱いに長けた、知識を得ている人間の範囲内ではあるが。

「やっぱり……あの譜石……」

ペンを見つめながらも、その視線はどこか別の場所へと泳いでいる。
以前から、六神将と関わり幾度も『ダアトから持ち出したモノ』について声を投げられていた。そして今回、グランコクマでも。もしも彼女が本当にダアトから何かを盗んだのであれば、二年前のあの日に関連していることは間違いない。そして思い当たる節があるとするならば、勝手に手の内から消えてしまった、小さな小さな譜石の欠片。それ以外に考えられなかった。

コト、と小さな音を鳴らしてペンを机へ置くと、そっと手を胸にあててゆっくりと息を吐き出した。
手の内がぽうっと淡い光を帯び始めると、彼女の身体に異変が起きる。


「―――っ、!?」


ガクン、と身体が揺れた。急激に熱を持ち、息苦しさが肺を締め付ける。動揺した彼女の瞳は大きく開き、ハッと空気を求める口がガタガタと揺れた。
落ち着けるように胸をキツく握り締めると、淡い光は徐々に薄くなり空に消えていく。同時に楽になる身体にはやはり動揺が残り、呼吸は荒いまま繰り返されている。

 ――以前にも、同じ感覚を持ったことが、あった?

突然のことに何が起こったのかまだ整理がつかず、疑問ばかりが浮かぶミカルの頭の中で、ぽつりとそう木霊した。
息苦しい、焼けるような痛み、感覚が消えていく脱力…。これは、タルタロスで突入した地核で起きたものと同じだ。『苦しい』のか『痛い』のかすらわからない。ただ、身体が壊れていく感覚は理解できた。ルークに指摘されて構成音素が抜け出ていたことに気がついたときと、シンクに何かをされたとき。

(……わたしは、身体の中の『物質の元素』を探しただけよ…?)

抜き出そうとしたのは『音素』ではなく、それとは別のものなのに、おそらく今の感覚は構成音素が抜け出ているのと等しいのではないだろうか。
それは一体どういうことなのか。
手元に何冊も開いた音素に関する書冊を視界に映しながら、彼女の怪訝な表情はどんどん濃くなっていった。











59.マルイ瞳が知っている











 


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