Épelons chance | ナノ



55.起した瞑目に曇晴天


「皆さん、お待ちしていました」
「ノエル!どうしたんだ?」

ケテルブルクに戻ると、街の入口で待っていたノエルが慌てた様子で駆け寄ってきた。

「実はこの寒さで、アルビオールの浮力機関が凍りついてしまったんです」
「ええ〜!?」

ギョッとしたアニスが声を上げた。ダアト式譜術を使って体力を消耗したイオンを休ませたらすぐにでも出発しようと思っていた為に、アニスは大きく項垂れる。アルビオールが動かないのであれば、アブソーブゲートに向かうことすらできない。

「今、ネフリーさんの協力で修理をしていますが、一晩はかかってしまうかと……」
「無理なものは仕方ないさ」
「そうよ。この時間を利用して、明日の準備を整えましょう」

申し訳なさそうに眉を下げたノエルへ、口々に言う。
相手にしなければならないのは、あのヴァンなのだから。万全の状態で挑むべき敵だというのは誰もがわかっている。裏返せば、焦燥する気持ちを落ち着けるには丁度いいタイムロスとなったのではないだろうか。

イオンを預けにアニスがネフリーのところへ行く、というと、ジェイドも同じくしてそちらへ向かうと言った。
確かめたいことがあると告げると、皆にもついてくるように促した。









55.起した瞑目に曇晴天









「お兄さん、待っていたわ。鳩が帰ってきているわよ」


知事邸の執務室に入ると、ネフリーは一枚の紙をジェイドに手渡した。彼は礼を言って手紙を受け取ったが、皆はなんのことだかわからずに目を丸くする。畳まれた一枚の便りを開いたジェイドは目で文面を追って、一通り読み終えた後に呆然としている仲間たちに「スピノザからです」と笑んだ。その言葉に更に目を丸くしたルークが口を開く。

「スピノザから?そういえば、ベルケンドに置いてきたとき、何か頼んでるみたいだったけど…」
「ええ。魔界の障気の隔離について、研究をお願いしていたのですよ」
「隔離?」


スピノザは物理学を専門とする研究者。ジェイドが裏切り者であるスピノザを引き入れてベルケンドに置いてきたのは、他でもない彼の頭脳が必要だったからだ。
魔界と外殻の間には、セフィロトツリーにより発生しているディバイディングラインという浮力の力場が存在する。その浮力と星の引力が均衡を生み、魔界大地から遥か離れて外殻大地が浮かぶことができているのだ。これが今現在の状態。
しかし、外殻大地が降下するということは、引力との均衡が崩れるということ。降下が始まると、ディバイディングラインは下方向への圧力を生み出す。それが膜になって障気を覆い、魔界の大地の下――つまり、地核に押し戻すことができるのではないか。これを検証するためにスピノザはベルケンドで研究を続けていたのだ。

「でもそれだと障気は消えないよな」

一通り説明されるが、ふと気付いたルークがジェイドへ言う。すると彼は手紙をミカルに渡して彼に向き直った。

「障気が地核で発生しているなら、魔界に障気があふれるのはセフィロトが開いているからです」

外殻を降下後にパッセージリングを全停止させてしまえば、セフィロトが閉じて障気は外に出てこなくなる。地核の振動はタルタロスが止めている為、液状化していた大地は固まり始めている。セフィロトを閉じてしまっても大陸が飲み込まれてしまう懸念も取り払われているのだ。しかし、今地核はタルタロスで抑えきれぬ程活性化を始めている。

「……やはり、全てはアブソーブゲートで決まる、ということですね」

手に持たされた報告書を見ながら、ミカルは静かに呟いた。
どのみち、アブソーブゲートで待ち構えているヴァンをどうにかすることができなければ、外殻大地はほぼ全土崩落してしまうのだから。
希望を知らせる手紙を握りしめて、ミカルは不安を隠せなかった。
 


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