Épelons chance | ナノ
16.爽風ゆかりと共に
「姫様、おはようございます」
「本日はどちらへ行かれるのですか?姫様」
「先ほど皇帝陛下が姫様をお探しのようでしたよ」
淡い黄色のドレスに身を包み、廊下を歩くとたちまち声をかけられる。そのひとつひとつの言葉に、往く者は微笑み言葉を返す。一度足を踏み出せば裾と共に漆黒を纏う長い髪が揺れ、ほのかに甘い香りを残していく。
「ありがとうございます。すぐに陛下の元へ参りますわ」
いつの間にやら定着してしまった“姫”という呼称。もちろん名前で呼ぶものが居なくなったわけではないが、それでも耳に入ってくる言葉はそちらの方が多い。常に皇帝の隣に据え、その皇帝が誰よりも愛でているのはもちろんの理由ではあるが、それ以上に彼女の佇まいや立ち振る舞いに目を見張る者の方が多かった。
「ミカルさん」
宮殿の廊下。声をかけられて立ち止まる。聞き慣れた声は彼女の顔により一層の笑顔をくれる。廊下の向こうから歩いてくる彼は、穏やかな微笑みでこちらを見、遠慮がちに手を振る。
「アスランさん、おはようございます」
彼の元まで少し駆け足でたどり着くと、彼も挨拶をして再度微笑みをくれた。
「宮殿へいらっしゃるのは珍しいですね。どうしたのです?」
「軍部から御用命を受け、陛下へお伝えしてきたのですよ」
「アスランさんはいつでもお忙しそうですね」
「…そういうミカルさんは、カーティス大佐がいないと少し寂しそうですね」
えっ、と目を丸くする。彼の目に映る自分はそんな風に見えるのか。
「そ、そんなことありません。いつも無茶なことばかりさせられて困っています」
「そうですか?わたしには、忙しくしている方が楽しそうに見えますが」
クスクスと笑って言う。そんな態度を見ていると、どうにも恥ずかしくなってしまう。これがジェイドだったら間違いなく感に触っている様な話なのに、彼には少しもそんな気分にならない。どうしても憎めないタイプ、とはこの様な人を言うのか。それとも、ただ単にジェイドが嫌味すぎて感覚が鈍ってしまっているのか。
「カーティス大佐が出てからしばらく経ちますね。戻る時期が知らされないのは珍しいですが」
ぽつんとその言葉に、ピクリと耳が動く。
あくまでも自然に、ミカルは窓の外を見ることにより視線をはずす。窓の外にはちょうど大きな木が座っていて、その腕に捕まる鳥を見て「そうですね」と語りかけた。声が届いたかの様に、鳥はすぐに羽ばたいて行ってしまう。
彼女の横顔に何を見たのか、アスランは彼女の目の方角へちらりと視線をやると、すぐに戻して穏やかに微笑みながら「では」と会釈した。去り際に、ピオニーが呼んでいたと告げて。
ミカルはジェイドがどこへ行っているのか知っている。
なぜ戻る時期が未定なのかも知っている。
彼を信じていても胸に不安が押し寄せてしまいそうで、なるべく考えないようにはしていた。それでも、彼がいない日は時間があまりにも空いてしまって、物思いにふけってしまうこともある。一人になると心配になるから、暇をしていてもなるべく外を歩くようにしていた。
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