Épelons chance | ナノ



91.祝いの燈



コンコン


不規則に揺れる体がようやくその心地に慣れ始めた時、部屋の戸が叩かれた。広報のビラを読む瞳は一瞬扉へ視線を向けたものの、何を気にすることもなく目線を戻す。返事を待つことなく部屋の扉は開かれ、入ってきた男は中の様子を見ながら一呼吸置くと、静かに「……ガイ」と彼の名を呼んだ。

「『元』とはいえ、あなたが世話になった主人直々の案内なんですから。顔ぐらい出すのが礼儀でしょう」

部屋の中央に置かれた硬い椅子に腰かけながら、広報を持つ青年を横目にして言う。ガイは顔を上げて、彼の言葉に幾度か瞬きしながら首を傾げた。

「わかってるが……。どうしたんだ?だからこうして……」
「そんな陰気臭い顔であの奥方にお会いするつもりですか。いい加減大人になりなさい」

ぴしゃりと声を切られて、見据えられた瞳に止まる。すぐに視線を外して窓の外を眺める横顔に、ガイはフッと口元を緩めた。

「普通にしてたつもりなんだけどな。大佐殿にゃ、バレバレってか」
「悔やむことと不満を抱くのは違います。礼を尽くすと決めたのならば考え方を変えることですね」
「……ほんとよく見てるな」

乾いた笑いが口をつく。は、と溜息を吐いて背もたれへ身体を預けると、机に置かれた白い封筒が目に入った。

ひと月前、それは届いた。
突然届いたファブレ家印章の押された封書。そしてその内容にも、彼は戸惑いを隠せなかった。

ルークとミカルが姿を消して、もう二年が経つ。当時十八歳だったルークも、この場に居ればもう二十歳。成人と祝われる年が明ける。英雄と称えられるルークの祝いの儀を伝える知らせは、ガイにとって酷ともいえる通知だった。


「ジェイドはいつだって冷静だよな」


皆同じ気持ちだろうとは思うが、それでもジェイドはいつだって平静でいる。時折羨ましくもあり、見習いたいと思うときもある。それでも今は彼が隣にいても、自分の態度を見直そうとは思わなかった。どうしても曲げられない想いが胸の中で渦を巻いている。
ガイは招待状の入った封筒を手に取り裏返し、懐かしさの残るファブレの印に瞳を細めた。遠くを見ている彼の様子にジェイドも目をやって、何も語ることなく窓へ視線を戻す。立ち上がって窓まで近づけば水面が映り、対岸も見えずに水平線が続いていた。今日も空は青く、鳥が並走して飛んでいる。

グランコクマの港から出てしばらく、じきにバチカルへ着くだろう。
久方ぶりの街で、きっとあの時旅をした仲間たちが皆集まる。

懐かしさと、口に出せないわだかまりを抱きつつ、波に当てられて船は進む。揺られる身体を支えて頬杖をつきながら、力の入らぬ手から封が滑り落ちた。

 


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