Épelons chance | ナノ



83.盲目に繋ぐは願の先に



「――…」


その返答を予期していなかったのか、ガイは言葉を声にできずに口を小さく開けたまま動きを止めた。彼の反応から目を逸らして、ミカルは瞳を泳がせながら街の外へ視線を向けた。

「ノエルが待ってるから、そろそろ行きま――」

言いながら身を引こうとした彼女の腕を、触れていた手が引き留める。

「ガイ……。我儘を言ったのはわたしだけど、ケセドニアに戻らないと……」
「……悪い。納得できないんだ」

ぐっと握られた手に、まるで何故?と訊かれているように感じて、ミカルは目を細めた。

「……あなたは仲間であって、それ以上じゃない…」
「ミカル。俺の目を見て言ってくれないか」

言われて、顔を上げる。

「あなたはとても大切な人だけど、……恋愛感情はないの」
「俺だってずっとキミを見てきた。俺とルークが同じだっていうのか?違うだろ」

こんなにも自信を持って真剣に、なのに切なそうに訴える。
その瞳に呑まれぬよう、ミカルは毅然と胸を張り、呼吸を落ち着けながら息を吸った。

「確かにあなたには、たくさん助けてもらった。感謝はもちろんしてる。ルークとは違う形で信頼してるわ」
「そういうことじゃない。俺はキミの本音が聞きたいだけだ」
「自惚れすぎよ……!だから、それが恋とか愛だとか、そういうこととは違うって言ってるじゃない」
「ならどうしてあの時 俺に体を預けてくれたんだ!」

滅多に聞かぬガイの怒声にビクッと肩が揺れて、ミカルの瞳に大きく彼の姿が映る。

――あの時。それが指すのは、アルビオールの機関室での出来事だということはすぐにわかった。

『しばらく…こうしていたい』

彼の言葉からその行為を咎めなかったあの時。ただ流されるままの時間でなかったということは、背に回った腕の温もりが伝えてしまっている。
言われた途端に視線は再び外れ、ガイから見えないように顔を背けた。

「……あれはただ、傷ついてるあなたを慰めたかっただけ」
「そんなはず……!」
「勘違いさせたのなら謝るわ。ごめんなさい。だけど、わたしは……」

握られた手を解くようにはずして、俯いた横顔に髪の毛が落ちて視界を覆う。


「あなたのこと、好きじゃない」


彼女の言動が腑におちずにいたガイも、その言葉に現実へ叩き落とされたように再び声を失った。
ミカルは自由になった手で自身の体を抱きながら、ハ……と口元で溜息に似た空気を吐き出してゆっくりと呼吸をする。そして、黒髪を耳にかけながら彼の蒼眼へ瞳を向けた。

「恐怖症もほとんど治ってる……。きっともっと素敵な人に巡り合えるわ」

にこ、と微笑むと同時に「ありがとう」と告げる。そんな彼女を目にして、ガイの眉間に皺が寄った。

「だから、明日は必ず成し遂げなくちゃ、ね?」
「……ミカル…」
「さあ、アルビオールに戻りましょう」

彼女は笑顔のまま背を向けて雪の道を歩き出した。雪に濡れた髪は風になびかずに法衣に重たそうに落ちている。そんな後ろ姿に、彼は目を細めて歯を噛みしめた。

「……ッ」

出来たばかりの彼女の足跡に、新しい雪が舞い降りて形を変える。まるでその名残を消すかのように。
過去と共に培ってきた感情は、この雪のように簡単に形を変えてしまうものなのだろうか。ハッキリと告げられても尚、釈然としないのは、ただの自身の思い上がりか、慢心か。
自信も確信も、彼の中にあったはずだ。だが自惚れと言われれば、そうなのかもしれない。結局他人の心の中を目で見ることなんてできないのだから。

「なら、なんで……っそんな泣きそうな目をするんだよ……!」

笑顔の中の矛盾に気が付いてしまった彼は、サクサクと進んでいく背中に愁いを向ける。
嘘が得意ではない彼女のそんな顔を見たのは初めてではなく、そのせいで、余計に唇を噛んだ。

「ミカル……」

風の強さも街の様子も先ほどまでと何ら変わりはないのに、比べ物にならないほどの寒気が体を貫いた。
 


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