Épelons chance | ナノ



75.亡く無く言葉は届かない








泣き止んだアニスが自身の両親の部屋へ戻って行ってしばらく、ミカルは一人動くこともせずに、ただじっと転移装置を見たまま佇んでいた。
もう警備の必要がなくなったここは以前と比べるとあまりにも静かで、徘徊する騎士団員が稀に姿を見せる時にだけ鎧の音が響く程度だ。導師がいなくなってまだそれほど経たぬというのに、時の流れは残酷だ、と目を閉じた。


「ミカル、ここに居たのか」


靴の音が鳴って、声が響く。名前を呼ばれて顔を上げると、そこには気まずそうに笑顔を作るルークの姿があった。

「……なにを笑っているの」
「え?あ、いや……」
「わたしならあなたの意見を尊重すると思って来たの?」

ビク、と体を揺らすと、ルークはミカルに近づくのを止めた。

「……一ヶ月」
「え?」
「みんなと別れて一ヶ月、何があったのかは聞かないわ。……再会してから、あなたの行動や言動に違和感を感じることが、多々あったの」

自身を尊ばぬ発言は、ミカルの心を幾度もざわつかせた。アッシュの話をする時、レプリカの話をする時、バチカルや他の街、様々な人と話す時。なんでもない場面でも彼の言葉に目を必要以上に向けてしまう。それは、

「フェレス島でレプリカたちが言っていたことは覚えているかしら」

『我々を望まぬものが殺されようと我々は知らぬ』
知識を与えられて生まれたレプリカが生存本能、自衛本能に目覚めるのは当たり前だ。それでも、彼らが存在するのは被験者があればこそ。それを悲痛に叫んだルークへ飛ばされた言葉――


「『生まれた以上、被験者に遠慮をすることなどない』」


静かに落とした声で言うと、ルークの顔が強張った。

「あなたは彼らを見習うべきだと思ったわ」
「ど……どういう意味だ?」
「自信よ。彼らにも……生きる全ての人が持っている生存本能を、あなたは自身を偽物だと思い込むことで、無くしてしまった。以前は……あったものなのに」

故に、アッシュを必要以上にイラつかせる。捻くれていない純粋に一歩引いた態度が、被験者としても人としても彼の勘に触るのだろう。
今回の障気中和の件も、ガイの言っていた通り以前から考えていたことのはずだ。アッシュがそれを実現させると知って、彼よりも劣っていると悲観的なルークは誰よりも早くから今の答えを導き出したのではないだろうか。おそらくは、ジェイドよりも先に。

「……ミカル」
「わたしは認めないわ。他の方法を検証もしないで『手の施しようがない』ですって?」

力んで震えた声は、掠れながら「冗談じゃないわ」と続けた。

「だけど、もう人が生活するには厳しい状況になってる。バチカルで聞いただろ?何人も倒れてる……」
「そんなこと、やってみなければわからない!」

カッと出た怒鳴り声は、通路を突き抜けて延々響き渡った。荒げた声を落ち着けるようにミカルが震えながら呼吸をすると、ルークは苦しそうに笑って目を逸らす。その些細な動作一つだけでも、ミカルの顔を歪めさせた。


「障気を消して、アッシュを救って、世界を救って……あなた、英雄にでもなるつもり?」


徐々に腹立たしさが胸を締め付け始め、その矛先は真っ直ぐにルークへと向けられる。その声色に、ルークも身じろぎ息を呑んだ。

「あなたはただ逃げてるだけじゃない!レプリカだと受け止めてから、心から生きようとしたことなんてない癖に!」
「な……!そんなこと、ミカルに言われる筋合いはないだ……」
「あるわ!あなたは全て持っているのに、恵まれないレプリカがどれだけ必死に生きようとしているのかも知らないで!」

返そうとした言葉に被せられて、ルークは言葉を無くす。
それが何を意味するのか、一瞬は目を丸くしたものの、すぐに理解したようで。

「……あなたは、わたしが欲しいものを全て持っているのに。それでいてなお、周りからあなたという人を認められているのに」

ルークが他のレプリカたちやミカルと違うこと――それは、その環境だけでなく、関係性もそうだ。
恨まれ、蔑まれ、気味悪がられることが当たり前の彼らの中で、近親に関心が持たれているのはあり得ないことだ。親であり、親族であり、形は歪であれど、被験者からも『ルーク』という一人の存在として認められている。同じレプリカだと言っても、“自分とルークは違う”と思ったことがあるのはそのせいだ。なのに――

「それなのに、自分はいらないから代わりに死ぬですって……?ふざけないで!」

彼の変わりようを見れば、皆と別れてからの一ヶ月をどんな生活を送ってきたのかわかる。きっと、自分と同じだったのだとも理解している。横目で見られ、珍妙に怯えられ、陰で名前を出される毎日。思い出すのは安易で、されどこれ以上に心を抉れることはないだろう。
あの視線を乗り越えられたわけではない。そこまで強くもなれていない。それでも、一人の人間として生きていこうと、生きるための理由を探すことはしないと、そう決めたのに。

「あなたがそんなことを言ったら、わたしは――!」


未だに姿を思い浮かべては消える影。親も、被験者も、見えない形で彼女を責めたてる。
弱気な彼の発言で引っ張られていく感情は、いつかの後ろ向きな自分を湧きあがらせるように、ただただ悲しみに揺れた。
 


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