Épelons chance | ナノ



75.亡く無く言葉は届かない







導師の私室へ続く通路。
解散したミカルはアニスと共に、使われなくなった転移装置を目にしながら佇んでいた。

「イオン様といいルークといい、どうしてそんなにあっさり命を捨てられるのかな」

膝を曲げて座るアニスは、唐突に呟いた。誰もいない通路には、あまりにも大きく声が残る。

「確かに障気は消えるかもしれないけど、ルークを知ってる人たちはずっと苦しむのに」

抱えた拳をぎゅっと握りしめて、声を震わせる。立ったままのこの位置では見えないが、きっと瞳に滴をためているのだろう。ミカルは微かに光っている転移装置をじっと見つめたまま、「……そうね」とだけ呟いた。

「ねえ、ミカルは」

小さな手で顔を擦ると、アニスはミカルへ顔を向けた。その声に釣られて、ミカルも顔を傾かせる。


「ミカルは違うよね?レプリカだから死んでもいいとか、そんなこと思ってないよね?」


瞬間、ミカルは瞳を大きくして呼吸を止めた。その表情に、アニスは愕然とした様子で「ミカル!」と叱咤の声を上げる。

「ご、ごめんなさい……そんなことを言われると思ってなかったから、驚いただけよ」
「本当にそれだけ?もし同じこと考えてるんだったら……」
「大丈夫!……大丈夫よ。心配しないで」

被験者の中で生きているレプリカは、きっと誰しもが同じことで躓くのではないだろうか。それを周りが薄々感じ始めているのは果たして良いことなのか、彼女にははっきりと断定できないが。
困ったように小さく微笑み落とすと、アニスは俯いて再び膝を抱えなおした。

「お願いだから……わたしはミカルのこと、信じてるから……。絶対にそんなこと考えないって、約束して」
「アニス……」
「もう……イオン様みたいに、誰かが消えていくのは見たくない!こんなのイヤだよ!どうしてこんな思いをしなきゃならないの?」

ぎゅっと膝を抱え込んで頭を付けると、彼女の肩は震えだした。涙声で「もう……イヤだよ……」と揺らしながら、すすり泣く音が通路に木霊する。
齢十三と、大人びて見える少女はやはり“少女”に違いない。近親を二人も亡くしたばかりで、それだけでもまいっているだろう、ここに来て再び仲間の命に関わる話だ。小さな心には、あまりにも負荷がかかりすぎている。

「……」

それでもミカルは、音を消そうと泣く背中を抱いてやることが出来なかった。

『レプリカは本当はここに居ちゃいけない存在なんだ』

そんな言葉が、耳に残ってまだ新しい。
バチカルに行ってから、考えたくないことばかり目の当たりにする。心に残る声が、自分の決めた答えすらもを突き刺して抉る。
もし自分がルークの立場だったら、しっかりと否定できるのだろうか?同じ境遇で、まったく同じように答えを求められた時、自分はなんと答えるだろう。
揺れる揺れる感情は、振り回されて闇に落ちる目前で踏みとどまっている。こんな状態でアニスにかける言葉は見つからず、彼女の背を見守ってやることしかできなかった。




 


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