Épelons chance | ナノ



75.亡く無く言葉は届かない





「てめぇッ!」


ジェイドの隣に立っていたガイは横から彼の襟を引っ張るように胸ぐらを掴み怒鳴りつけた。

「アッシュの代わりにルークに死ねって言うのか!ふざけるな!」

今にも手が出そうなほどに震える腕に動じず瞬きひとつしない冷静な軍人の表情は、更に彼の怒りを買う。

「だめですわ!そのようなことは認めません!わたくしはルークにもアッシュにも生きていてもらいたいのです」
「わたしだってそうです。ただ、障気をどうするのかと考えた時、もはや手の施しようもないことは事実ですから」

彼の言うことはいつだって正しい。今の状況でどうすることが最善策なのか、彼はそれを誰よりも先に口にしてくれただけだ。
世界中を覆った障気はオールドラントの膿でしかなく、かといってそれを治す術は見つかっていない。対処法を探そうにも、それを進める時間でどれだけの生き物が毒に侵され息絶えるのだろう。それこそ、たった一つ残された希望は目の前にある、『聖なる焔の光』だけであること。

「俺は……」

惑う心を目に映しながら、呟くように声を出した。まるで吐いた息に音を乗せただけのようで。ルークは次の言葉に迷いを見せて視線を止める。そんな様子にティアがたまらず「みんなやめて!」と空気を切るような叫び声を上げた。


「そうやってルークを追い詰めないで!ルークが自分自身に価値を求めていることを知っているでしょう!」


ぐっと胸の前で腕を握ると、彼女は声を震わせながら「安易な選択をさせないで……」と顔を歪めた。

「失礼。確かにティアの言う通りですね」

ティアの声で熱が冷めたのか、ガイは投げやり気味にジェイドから腕を離した。
背を向けたジェイド以外、皆から視線を向けられたルークは、誰と視線を合わせることもなく一度目を瞑ると「……少し、考えさせてくれ」と小さく残して身を翻した。

「……ルーク……」

一人、会議室を先に出ていく後ろ姿に向けられる表情は、誰一人として平常心のままではいられずに。各々の想いは胸に、廊下を行く彼の靴音だけを聞く。
扉に顔を向けて動かぬ一同を見据えたインゴベルトは、眉に濃い皺を作ってぐっと目を瞑った。次いで椅子から立ち上がり、手元にあった書類を伏せて口を開く。

「……会議は一時中断としよう。皆も、一度気持ちの整理をするといい」
「お父様……」
「すまぬ。……落ち着きたいのは、わしの方なのかもしれぬな」

そう言って緩く自嘲の笑みをこぼした。その瞳には、苦しみと哀しみと戸惑いが入り乱れて、困惑しているように見える。
彼は過去に、預言を尊ぶが為にルークを死ぬことを良しとした男だ。それでも、今は一人の人間として彼を見、伯父として、彼に生きていて欲しいと思っているはずだ。預言という鎖に縛られたまま、王家という檻を作っていた過去から、大切なことに気付かせてくれたのは他でもないルークだ。それだけではない。彼の肉親であるルークの母・シュザンヌ、その夫であるファブレ公爵、そしてナタリアも、彼の周りにはルークが、そしてアッシュが死んで悲しむ者ばかりだ。それでもはっきりと否定しないのは、彼の“王”という座がそれをさせているのだろう。数え切れぬ国民たちを守るのもまた、王である彼の一言なのだ。


 


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