Épelons chance | ナノ



74.変遷に咲いた蝶




「……我らに居場所はないのか……」

空へ消えていったディストの影を見届けて、マリィレプリカが俯きながら声を落とす。同時に昇降機は最上階へ到着し、そこへ集まったレプリカたちに囲まれながらルークが口を開いた。

「……俺たちは……この時代に存在してはいけない生き物なんだ」

レプリカに囲まれて、そんな言葉を吐いた。その背を見守るミカルは、また心臓がチクリと傷む。その言葉が間違っているかどうかなんて、彼女たちレプリカにはわからない。それでも、そう考えてしまう方が世界の道理に適っているようで、肯定も否定もできなかった。
しかし、負傷したレプリカに治癒術を当てていたティアは立ち上がり、「違うわ!」と憤りの混じった声を上げる。

「ここにいて息をしているじゃない!あなたたちを受け入れられない世界がおかしいのよ!」
「だが、レプリカが誕生したことで死んだ人もいる。すべてを受け入れられるほど人の心は単純じゃない……」

ガイはティアと自身の姉のレプリカと、そしてミカルを順に見て呟く。レプリカが生まれたことで、何かしらの被害者を生んでしまった。それに目を瞑れるほど、人間の心は強く、寛容ではない。


「そうだ。だから取引だと言っただろう」


皆が顔を上げる。
不意に紡がれた声の方へ目線をやると、レプリカたちの中から濃い赤髪をなびかせた男が歩み出て「どうする?もうお前たちの住む場所はなくなったぞ」とマリィへ問いかけた。

「考えさせて欲しい。我と同じく自我の芽生えた者たちと、話し合って決めたいのだ」

感情の見えない変わらぬ表情、冷たく落ちた声色の中にも、今までのような芯からの拒絶はない。レプリカの筆頭とする彼女の答えは、仲間たちを重んじる回答だった。

「アッシュ!馬鹿なことを言うな!死ぬ気はないって言ったのはお前だぞ!」
「……だったら障気はどう解決するつもりなんだ!俺の代わりにお前が死んで障気を消してくれるとでもいうのか?」

睨み付けられて一言で核心を抉られたルークは怯み、「そ……それは……」と落ちた声で言葉を濁す。当たり前だ。自分の命を簡単に捨てるような発言を、誰が出来るものか。だからと言ってそれを否定すれば、まるでアッシュが死ぬことを良しとしているようで。

「俺には行かなけりゃならない場所がある。俺がここに戻るまでに、お前たちの総意をまとめておけ」


アッシュはそうレプリカたちに告げると、一同に見向きもせずに昇降機へ足をつけた。

「お待ちになって!どこへ行きますの!」

ナタリアが身を乗り出して止めようとしたが、彼はどこへ、何をするために動くのか、何も伝えぬまま肩越しに声を聞くだけで。駆け寄る足音よりも先に騒々しい機械音が鳴り始めると、即座にリフトは下がっていった。

「アッシュ!」

上から覗いて叫んでも、彼はこちらに振り返らない。
まるでもって、聞く耳を持っていないような、そんな様子で。

「……」

本当に彼は死ぬつもりなのだ。
あの自尊心を高く持った彼が、ルークを“使う”こともせずに自分という犠牲で世界を守ろうとしている。

「ミカル、大丈夫だよ。そんな顔しないで」

俯いて考え込んでいると、アニスに肩を叩かれて初めて、自分がやけに深刻な顔をしていたことに気が付いた。どうにも引っ掛かり続ける彼の行動は、ミカルの胸の内をざわつかせて止まない。塔を上る最中に口にしたジェイドの言葉が、またさらにそれを助長させる。
顔を上げて笑えずにいると、思い思いに息を詰まらせる皆へ、ガイが目を配らせた。

「とにかく、アッシュを追いかけようぜ。あいつを止めるには説得するしかないだろう」

な、とルークの背に触れる。彼もその言葉に大きく首を縦に振って、拳を握りしめた。

「障気を消したって、俺たちはローレライを解放しなくちゃならない。それには被験者であるアッシュの力が必要だと思うんだ」

ぴくり、ミカルの瞳が動いた。ゆっくり見上げた先に、やけに哀し気な顔が映る。

「……ルーク。それはどういう意味?」

憂いを含んだ口元は、彼に疑念を抱きながら声を出した。しかし視線の合ったルークは不思議そうに目を丸くして、彼女の質問の真意がわからずに、え、と返答に困った様子で瞬きをする。

「……ううん。ごめんなさい、なんでもないわ……」

そう言って顔を背けた少女の表情は晴れず、視線は地に落ちた。
妙な胸騒ぎと心のざらつきが止まらない。その要因はわかりつつあっても、それを口に出すことが出来ない苦しさで更に息が圧迫される。原因のすべては元をたどれば同じ場所へ行きついてしまうのが、また。


「なんでもいいから、アッシュを追いかけるんでしょ。行こう!」


アニスの声で背筋を伸ばされると、一同顔をそろえて頷いた。
ここで話している間に、またアッシュを見失うのは勘弁被りたい。

振り返るとレプリカたちに囲まれたまま、いくつもの視線に見送られていた。
同じであって、こんなにも違う、仲間たち。行き場をなくした、仲間たち。

場を離れる中で俯きがちに一人一人の姿を捉えていると、マリィレプリカと目が合った。何かを想う瞳は、自分たちとなんら変わらない。これが、『自我』を持っているレプリカの違いということなのか。それならば、人間との判別は一体なんなのだろうか。

隣の彼と同じ金色の髪が絹のように靡いて、意志の強そうな瞳は蒼く。まるでそっくりな弟に目をやると、やはり彼の瞳も同じ方へ向いていた。
彼女らはどんな結論を出すのだろうか。貪欲に生を求める彼女らは、自身ら以外のすべてのレプリカたちの生死をその手に握ってしまった。

(わたしは……)

同じ仲間としてあの場にいたのなら、自分ならどうするのか。そんなことを考えながら、耐えきれずに蒼眼から目を逸らした。

 次話へ
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→あとがき 


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