Épelons chance | ナノ



71.アリアは歌い、眠る






「ぁ…ぐ……」

「ぅ、……」



その場の全員が地面へひれ伏し、横たわって呻き声を上げる。
震える腕や足が身体をうまく起き上がらせることができず、皆地面に頭を付けずにいるのが精いっぱいだった。


「はぁ…は……ぅ……」


それはアリエッタも同じだった。アニスの攻撃をまともに受け、ギリギリだった体力で膨大な威力の技を使った。消耗した身体が思うように動くはずもなく。

「……イオン…様……」

大きく胸を上下させて呼吸するアリエッタは、か細い声でたった一人、敬愛する彼の名を呼び続ける。その掠れた声を聴きながら、同じように倒れたままだったアニスはその身を引きずりながら立ち上がった。

「……もう、終わらせよう…アリエッタ」

ふらつきながら、震える肩で呼吸をし、横たわったアリエッタの姿を見つめる。

「ヴァン、総長……アリエッタ…負けちゃった…。ごめ…なさい……」

もう動けない少女は、人形を抱えて離さず、瞳から流れ落ちた滴が桃色の髪と地面を濡らした。

「ママ…みんな……ごめんね……。仇を討て…なくて……」

か細い声が涙で揺れる。正面に立ったアニスの姿を映すことはなく、遠い世界を夢見ているような、光を灯さず永遠を探している。
アニスは小さな手を振り上げて、唇を噛みしめて目を瞑った。

「…イオン様………イオ……」



























「ありがとう、ナタリア。もう大丈夫だよ」


ルークとミカルは駆け寄ったナタリアに治療してもらい、礼を言う。
決闘はこちらに軍配が上がり、勝負ありとみなしたラルゴもその介入に口を出すことはなかった。

「でも……」

ミカルとルークは憂いを乗せて顔を上げる。その先には、力なく地に膝を付けたアニスの背中が見えた。
彼女は傷だらけの身体で倒れたアリエッタの傍から離れない。

「アリエッタ……ごめんね。…あんたのこと、大嫌いだったけど……だけど……ごめんね…!」

アリエッタの顔を覗き込んで、刻みつけるように目を見開いて涙した。信じ続ける少女の安らかな顔は、最後まで見ていた幻影に一線の滴の跡が残っている。震える後ろ姿にミカルの瞳も揺れて、逸らしたくなる視線を懸命に諌めた。
ざく、と土気交じりの草を踏む音が近づくと、アリエッタの身体がふわりと宙へ浮く。ラルゴは優しい手つきで少女の亡骸を抱きかかえ、アニスに背を向けた。

「敵の死体に泣いて謝るなんてのはやめるんだ、アニス。それじゃあアリエッタがますます哀れになっちまう」

アリエッタは自分の目的のために命をかけて、死んだ。敵に情けをかけられては、侮辱されたも同じことだ。彼が今までに何度も死闘を繰り広げてきた軍人だからこそ言えるのだろう。アニスは袖口で涙を擦りとり、「うん……」と立ち上がった。


「ただ可哀想なのは、フェレス島の復活をその目で見られなかったことだな」

眠るように目を閉じた腕の中の亡骸を見、ラルゴは言う。なら何故止めなかったのかと聞かれれば、彼もまたアリエッタの想いを汲んだと答えた。死を覚悟しても遂げたい想いを誰が止められるだろうか。アリエッタにとって、導師イオン、ヴァン、そして魔物たちは、自分を助けてくれた恩人だ。その為に戦いたいと思うのは自然なことだ、と彼は告げる。

「……ヴァンに騙されたとも知らずに?」
「騙してなどいない。本当の導師が死んだことを知れば、アリエッタも命を絶っていただろう。あれはヴァン総長の優しさだ」

それがこの結末を招いてしまったという現実では、それが正しいことだったとは判断しかねてしまう。自害を免れても、彼女は生き死を味わってきたのではないだろうか。傍にいられなくなったことで、どれだけ自分と他人を傷つけてきたのだろう。ミカルがそう思うのは、きっと自身がアニスと共に行動しているからなのだとも理解してはいるつもりだ。


「アリエッタは恩に報いる為に六神将に入った。じゃあお前はどうなんだ、バダック」
「!」

背を向けていたラルゴの身体が目に見て取れるように硬直した。
一息置いて振り返ると、声を放ったルークへ目を向けて言う。

「……その名はとっくに捨てたよ。妻の眠るバチカルの海にな」

ルークは懐から例のロケットペンダントを取り出して彼へ投げ渡した。手中に収めて物を目にし、ラルゴは「なるほど。お前が拾っていたのか」と尚も表情を変えることなく冷静に懐へしまい込む。

「名乗らないのか?」
「名乗ってどうなる?敵は敵。それだけのことだ」

坊主は甘いな、と続ける口が不敵に笑った。

「次に会う時はお前たちを殺す時だ。アリエッタの仇はその時に取らせてもらう」


そう言い残して、彼はその場から去って行った。

「ルーク。どういうことですの?」

ルークの背に、ナタリアが呟きかける。
これはナタリアの問題だが、仲間たちの中で彼女だけが知らない。時期尚早と判断したルークは今はまだ話せないと肩口で語り、詫びる。疑問を胸に抱えた彼女も、いつか話すという言葉を信じて今はそれ以上追及しようとはしなかった。

 


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