Épelons chance | ナノ



71.アリアは歌い、眠る






展開した譜陣が風を巻き上げる。生み出された風は草や土をも巻き込んで、暴風に踊らされる木の葉はこの空間の中でのみ暴走させられ続けている。音素の蠢きにだけ耳を傾けるミカルは瞼を瞑り、彼女も視界を閉ざしていた。この木の葉乱舞の中で、何も見えないのはこちらも同じこと。ただし、陽動を誘うのならばこれ以上効果的なものはない。

(長くは続かない。だからこの一瞬で勝負を決める!)


カッと瞳を見開くと、彼女は手を振り払うように空へ掲げた。すると途端に風がぴたりと止み、轟々と吹雪いていた木の葉たちが動きを和らげ重力へ落ちていく。

「――唸れ烈風」

上空高く飛び上がっていたフレスベルグがその一瞬を見据え、止まる木の葉の中に術者のミカルの姿を見つけた。風の圧を受けぬ区域まで飛び出た大きな翼は一際大きく羽ばたいて、その隙を逃さんとばかりに彼女の頭上へ急降下した。

「大気の刃よ、切り刻め」

翼を持つ魔物ならば、風の抵抗を受けぬようにと上空へ逃げ道を設けるのはわかっていた。木の葉が舞い散るこの中よりも、空からの方が中の様子を把握しやすい。だからこそ、たった一つ、一瞬でも隙が出来ればそこを逃すはずがないのならば。
周囲を蹴散らしていた風が流れを変えて、一挙に渦を作り始めた。

詠唱硬直しているミカルの身体めがけて落ちる魔物の身体は速度に重力も加えて圧を増す。猛スピードで落下してきた空気を感じたのが最後――


「タービュランス!」


空気の渦が彼女の頭上に溜まり、目に見えぬ壁となったそれにフレスベルグの身体が触れた途端、周囲の風が音素にかき集められて上空への突風を生む。クッションになった風圧は始まりの予兆、全身を捉えられてしまった魔物の身体は空間に占められた大気の圧で切り刻まれて、叫び声をあげることもできずにミカルの背後へ大きく音を上げて、落ちた。

全ては一瞬の出来事。未だ暴風の名残を受けた木の葉が空間に勢しめていて、それらが動力を失ったおかげでようやく状況が目視できるようになり始めた。
嵐からやっと解放されたアリエッタの瞳が映したものは、横たわる二匹の魔物と、その隣で手を汚したルークとミカルの姿。

「……よくも、よくも!イオン様とママたちの仇!」
「許してもらおうなんて思ってないよ!」

歪んだ顔でミカルたちに叫びつけた直後、姿が消えたアニスの声が響いた。アリエッタはハッとして周囲を見回し始めたがもう遅い。落ち切る木の葉よりも早くアリエッタの背後に回り込んだアニスは、駆ける速度を落とさぬまま飛んで回転を加え、体当たりで突っ込んだ。

「きゃああ!」

倒れたアリエッタの後方へ着地し、振り向きざまに「まだまだ!」と両手を大きく開いて続ける。


「爪連龍牙昇!」


振り上げたアリエッタの身体は宙を舞い、柔らかい音で草地へ落ちる。傷だらけになった少女は咳き込んで吐血し、腕で起き上がりながら大きく肩で呼吸した。

「許してもらおうなんて思ってない……負けるつもりもないけどね」
「ぬけぬけと……!イオン様を守るのが、役目だった……くせに!人殺しッ!」

キッと見上げたアリエッタの瞳が憎悪に濡れているのがわかる。傷だらけの少女を見ながら、アニスは巨大化したトクナガの頭をぎゅっと握りしめた。

「イオン様も、ママも、死んじゃった弟たちも、みんなみんな…戻らない……アリエッタは、お前たちを許さない!」
「お前だって、魔物を使って沢山の人を殺したじゃないか!アニスばかり責めるのは不条理だろ!」
「うるさい!うるさい……うるさい!」


大声で喚き散らした少女は、放り出された自身の人形を手に掴む。すると辺りに結界が現れ、足元に大きな譜陣が浮き出した。

「これは……!?いけない!下がってアニス!」
「うわわっ!」



「始まりの時を再び刻め!倒れて!ビッグバン!!」




光が世界を埋め尽くす。
大気が澄んだ、そう感じた直後にあらがえぬ身体が痺れを覚え、一面は大爆発に巻き込まれた。



 


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