Épelons chance | ナノ



68.煩憂を、誰が為に




ケセドニアはキムラスカ、マルクト、ダアト、どの国の干渉も受けない自律的自治区。商人ギルドはダアトヘ莫大な献金をし、その見返りにローレライ教団はケセドニアを自治区として認め、現在の流通が成り立っている。キムラスカとマルクトの国境に土地を設けられているのもその為だ。その献金を筆頭として行っているのがアスターであり、彼の存在がなければこの街は成り立っていない。あくまでも筆頭となる資産家がアスターなだけであり、彼が街長というわけではないのがケセドニア独自の経済を匂わせるところがある。


彼らはアスターの執務室まで足を運び、先程の外での騒動のこと、預言士のことについて説明を行い注意を払うよう促して、早速と言わんばかりにナタリアの乳母の話を持ちかけた。



「これはルーク様!」

アスターにより呼ばれた女性が入室すると、彼女はルークの顔を見るなり驚きの表情を見せた。それもそのはずだ。ルークと最後に顔を合わせたのはキムラスカ城、謁見の間。ナタリアの偽姫騒動の際に決定打となる証言をしたあの日以来、ルークと顔を合わせるのは初めてだった。
申し訳なさそうに頭を下げた彼女へ首を横にふるって、ルークは「あなたに見せたい物があります」とロケットを片手に差し出した。

「これは、バダックの!」
「バダック?」

乳母の口から出た名前を、ティアが復唱した。

「メリルの父親……シルヴィアの…、わたしの娘婿です」

開かれた扉の中に書かれていた文字を見て、懐かしそうに目を瞑る。その“バダック”について伺えば、彼女は昔を見るように義理の息子の姿を思い出しながら語ってくれた。

「バダックは砂漠越えをするキャラバン隊の護衛を生業にしていました。気のおけない仲間には砂漠の獅子王と呼ばれていたとか。身の丈が大きくて、心の優しい人でしたよ」

ロケットペンダントに目をおいていた乳母は顔を上げ、ルークへありがとうございますと頭を下げた。

「獅子王…黒獅子……。それに巨体か…。共通点はあるな」
「間違いなさそうですね」

ガイが噛み締めるように呟くと、ジェイドもそれに頷く。
今彼がどこにいるのか訪ねたが、女性は娘が亡くなって以来会っていないのでわからないそうだ。妻が他界してから、バダックはいつの間にか姿を消してしまったという。



聞ける話は全部確認して、一行は礼を言って屋敷を後にした。仲間たちは皆 面持ちに明るさはなく、どんよりとした空気を纏う。
イオンに引き続き、空気の悪くなる事象ばかり突きつけられる。まだイオンのことすらも整理できていない人間もいるというのに。

「なんだか気が滅入ってくるな……」

アスター邸を出てすぐ、ルークが溜息を吐いた。ガイもそれに同調して空を見上げる。この二人は対象者となっているナタリアと過ごしている時間が他の仲間たちよりも長い。余計に感じることがあるのかもしれない。


「あまり暗い表情をしているとナタリアにばれるわよ」

そんな二人を横目に見て忠告し、ティアが階段を下りていった。
風に舞う栗色の後ろ髪を唖然と見たルークは、少し気分が悪そうに「だけど、ラルゴだぞ……」と呟く。

「それなら、ティアはどうなるの」

拾われた呟きに、静かな声が飛んだ。
ハッとそちらへ顔を向ければ、同じくティアの後ろ姿を見つめるミカルの姿があった。その声色は先のティアとまったく同じ温度をしていて。

「誰よりもナタリアの気持ちがわかるのは、ティアなのではないかしら」

言い落として、ミカルもティアの後に続いていく。騒動の一番の原因となっているヴァン・グランツはティアの兄だ。落ち込んで彼らが歩けなくなるのはおかしい。それを教えてくれるかのように、ティアの視線はいつだってまっすぐに向いている。

「……そうだな。真実を知って苦しむのは俺たちじゃない。……ナタリアだもんな」


視界の先でティアとナタリアが合流した。笑顔でバザーの様子を話すナタリアと、こちらを無言で睨むアニス。階段の向こうで彼女がこちらへ気がつけば、凛々しい笑顔で手を振ってくれる。
そう。自分らが目を伏せていても仕方ない。目の前に笑っている当事者がいるのだから。

 


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