Épelons chance | ナノ
01.銀色の抱擁
吐き出した息が白く染まる。
今日も明日も、昨日も1週間前の今日も、同じように白くなっていたと思う。
場所はケテルブルク。
ここでは年中雪が降り続いて、その寒さが行く人の体を冷やし、その景色が行く人の心を温めていく。
一度足を踏み出せば、それを追いかけるように同じ大きさの足跡が残る。その痕跡すらも、降り続ける雪がすぐに消してしまうだろう。
――銀世界
ここに足を踏み入れた誰もが口にし、誰もが納得するであろう幻想的な光景。
だが、ここに住まう人々には、そんな感情も違ったものに変わってしまうのかもしれない。
“アタリマエ”とは、随分と悲しい日常語句である。
広場では、同じように白い息を吐き出す子供たちが走りまわっている。
彼らの小さな足では少し深いのだろうか、積もった雪に足をとられながらもヨロヨロと楽しそうに声をあげては走る。
一番後ろを走っていた男の子が思い立ったようにしゃがみこみ、足元の雪をかき集めて小玉を作り始める。それを見た他の子供たちも同じようにしゃがみこみ、大きさの違う雪玉を並べ始めた。
一人が誰かへ向かって投げ出したのを筆頭に、雪の塊が宙を舞う。上から下へ舞い落ちる雪粒よりもはるかに大きいそれは、重力などものともせずに縦横無尽に飛び回る。
その光景を見守る…親だろうか。周りにいる大人たちは、微笑みながら談笑していた。
小さな子供と、落ち着いた世代の大人が取り囲む広場の中、ひとつのベンチに座る、一人の少女。
まだ幼く見えるその外見には似つかぬ優雅な物腰で本をめくる。
吸い込まれそうな漆黒の瞳が文字を追うと、同じ漆黒の色をした髪がはらり、と肩から落ちた。
その瞬間、一人の男の子が投げた雪玉は、狙った場所とは相反した方角へ飛ぶ。
パシャっ
この街にとっては少し暖かい陽気だったのか、いつもよりも水分を多めに含んだそれが、少女の足元へあたる。
それにぎょっとした顔をする男の子が、まるでかけっこでもする様な勢いで少女へ駆け寄った。
「ご、ごめんなさい、おねえさん!」
少女は読んでいた本から顔をあげると、嬉しそうに微笑んだ。
「あら、もしかしてお姉さんも混ざっていいというお誘いなのかしら?」
手に持っていた本を隣へ置くと男の子はたちまち笑顔になり、すでに冷たくなっている手で少し大きい少女の手を引いた。
「じゃあね!またねおねえさん!」
少し日が傾き始めた頃、広場に先ほどまでの活気はなかった。
時間をまちまちに帰っていく子供たちは、皆同じように全体的に濡れていた。
その後ろ姿に手を振る少女もまた、同じように濡れていた。
「ミカル!」
不意にかけられた声に振り向くと、そこにはフリルを基調としたエプロンをした女性が呆れ顔をして立っていた。
「ミカルってば、少し出てくるって言ったまま全然帰ってこないんだもの…」
心配したわ、と彼女は言う。
そして同時に、ミカルをその瞳に映すと目を見開いた。
「ちょ、ちょっと…!なんでそんなにあちこち濡れてるの!」
ミカルが答える間もなく、エプロン服の女性は持っていたハンカチを使って濡れている肌と服を拭い出した。
されるがままのミカルは困ったように笑い、つい楽しくて、とだけ呟いた。
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