Épelons chance | ナノ



51.静けさはざわめきを




「ハァッ!」
「…っぐ、きゃあッ!」


決着は、あまりにも早かった。

既に息の上がったミカルは、強烈な打撃を真正面から受けてアルビオールの船体に叩きつけられる。結局、ミカルは一撃たりともシンクに浴びせることはなかった。彼女は一度も譜術を使わず、使おうともせず、ただ、肉弾戦で挑んだ彼女は全ての動きが鈍かった。
黒衣を羽ばたかせて、シンクはミカルに近づく。

「……くだらない茶番だったな」

大きく胸を上下させて呼吸する彼女に呟き落とした。屈んで、ミカルに手を伸ばす。



「魔神剣!」


声と同時に剣撃が飛んできた。ミカルに触れることはかなわず、振り返ったシンクに鋭い刃が襲いかかる。

「食らえ、竜虎の牙!」
「チィッ!」
「竜虎滅牙斬!」

飛び退いた黒衣を、金の髪が追っていく。ミカルは胸を抑えながら顔を上げた。

「ミカル!大丈夫か!?」
「ガイ……」

遅れて駆けてきたルークがシンクに剣を抜いた。集まってきた仲間たちは、甲板に出た途端倒れているミカルに驚きの声を上げた。

「遅くなってすまない…。食い止めてくれててありがとうな」
「ガイ、動力室は…?」
「大丈夫、直したよ。あとは……。ミカルは、そこでゆっくりしててくれ」

ガイはそう言って微笑むと、剣を振るうルークの加勢に走っていった。
ミカルは痛む体で立ち上がる。だが、身体が軋んでふらついてしまう。

「…無理しないで。今、治すから」

倒れそうになったミカルを支えて、ティアが顔を覗き込んでそう言った。ありがとう、と囁くと彼女は笑い、悲痛な顔にもわずかに笑みが溢れる。
ナタリアもアニスもジェイドも、シンクとの戦闘に加勢していく。治癒の光を感じながら、ミカルはその光景を目を細めて眺めていた。シンクの素早さと巧みな足さばき、そしてその技の威力とに皆苦戦しながらも、確実に彼にもダメージを与えている。人数が人数なだけに、少しづつでも彼が圧されているのは傍から見ても明らかだった。

「……ッ」

ティアの治癒術で身体の痛みは引き、ミカルはティアの肩から離れる。だが、彼女は未だに胸を押さえたまま肩で呼吸をしていた。不安になったティアが「まだ痛む?効かないのかしら…?」と怪訝な表情を向けるが、ミカルは眉をぴくりと動かして「大丈夫」とだけ言って微笑んだ。




「アカシック・トーメント!」

シンクの声と共に譜陣が辺り一帯を飲み込んで、光が上空へ飲み込まれるようにルークたちの体を切り刻んだ。
その衝撃は戦闘に参加していないミカルとティア、そしてイオンにもビリビリと伝わって来る。吹き荒ぶ風に片目を瞑ったが、その衝撃に肩を落としながら耐えたガイが剣を構え直した。

奥義を使い、反動で動きの鈍ったシンクへガイの一太刀が跳んだ。



―――カラン





最後の一撃に膝を落としたシンクの顔から、ずっと彼を覆い隠していた仮面が地面に転がった。斬撃で切れ込みが入った仮面は、小さく音を鳴らして足元で弧を描いて回り、落ちた。
今まで誰の目にも触れられず、初めて露わとなった彼の素顔に、皆は目を見開いて息を呑んだ。

「お…お前……」
「嘘……イオン様が二人…!?」

愕然と開かれた瞳は、シンクと、そしてイオンの顔に交互に配られた。静かに状況を見つめていたイオンと、今膝を付き力を失っているシンクの顔はあまりにも酷似――否、全く同じもの。誰もが驚きを隠せぬこの状況下で、ジェイドとイオン…そしてミカルの三人は冷静に佇んでいた。
イオンは「やっぱり…」と目を伏せると、そのままシンクに向かって歩き出す。傷ついた彼の腕はもう既に反撃する力を残していなかった。

「……あなたも、導師のレプリカなのですね」

唖然とする仲間たち。ガイが「おい!あなたも…って、どういうことだ!」と困惑気味に叫んだ。
するとイオンは足を止め、ガイに向き直って「……はい」と静かに口を開く。


「僕は導師イオンの、七番目――最後のレプリカですから」



風も音もない地殻という場所で、赤く冷たい水が落ちた。 

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