Épelons chance | ナノ



51.静けさはざわめきを



(――これは、わたしの…構成音素……!?)

その光景を見て、ミカルは頭が真っ白になりそうだった。自分の身に、有り得ない出来事が起こっている。この、空気中に漂う音素はミカルの身体を構成する為の音素。それが何故か身体から溶け出て、勝手に乖離をしようとしている。こんな現象、どの本にも、どの文献でも見たことがない。

「お、俺、ティアを呼んでくるよ!」

目に見えて苦しむミカル。困惑している瞳は、薄く開かれていてもわかるように泳いでいた。
そう残して足早に行こうとする彼の腕を、ミカルの細い指が引き止めた。

「大丈夫…だから。少し……待って…」
「でも…!」

ミカルの腕は、その様子とは真逆にとても暖かかった。じんわりと伝わる温度は、体温とは違ったぬくもりが広がってくる。これが“音素”の温度なのだろうか。離れた後にも、それは残り続ける。

ミカルはか細い呼吸をひとつすると、目を瞑って眉を寄せた。程なく、黒い髪がゆっくりと持ち上がる。胸に当てた両手のひらが、漏れ出した音素とは違う明かりを紡ぎ出した。ぽうっと光った腕から始まり、それは彼女の身体を優しく包んでいく。ルークの目には、普段譜術を使う時の彼女と同じ光景が映る。集められた音素が風となって上方へ持ち上がって、彼女の服や髪がゆったりと流れていく。そこに譜陣が存在しないだけで、纏った神聖な雰囲気はいつもとなんら変わらない。
祈る形で光を纏うミカルの姿を、ルークは無意識に見つめていた。彼女の持つ美しい闇が肩に降りたとき、思い出したようにハッと瞬きを取り戻す。気がつけば周りに漂っていた音素はなくなり、瞼を上げたミカルもしっかりと呼吸をしている。

「だい…じょうぶ、なのか……?」
「…えぇ。ごめんなさい、心配をかけて」
「今のは?」
「……わからない、わ」

立ち上がって言葉を話す彼女に、先程までの苦痛は見受けられなかった。だが、不可解な現象にどちらも困惑が残る。ミカルは、未だ心配そうな瞳を向けている彼に「ルーク」と小さく声を落とした。

「このことは、みんなには内緒にして」
「うん……え!?な、なんで」
「余計な心配をかけたくないの。……お願い」

切実な瞳で訴えると、ルークは戸惑いながらも「…わかった」と首を縦に振った。ありがとうと微笑みながら立ち上がったミカルは、更に「それより、侵入者だけれど」と続けた。

「ルーク、急いでみんなに甲板に集まるように伝えて」
「アルビオールに?……!」

聞き返したルークが「危ねぇ!」と叫ぶと同時に彼女の腕を掴んで身を引いた。するとほぼ同じタイミングで背後の部屋が爆発。咄嗟に壁になったルークの背に飛び散った小さな破片が叩きつけられる。

「ルーク!あ、ありがとう…!怪我は……」
「大丈夫だ!くそ、こんな近くに…!」
「このままじゃ、譜術障壁が消える前にタルタロスが壊れてしまうわ…!急ぎましょう」
「…わかった!俺、みんなに伝えてくるよ!」

ミカルは先に行っててくれ!と叫んで、片腕を上げたままルークが走りだした。
廊下の角を曲がって、忙しい足音が遠のいていく。戻ってこないのを確認して、ミカルは胸部を握り締めた。


(気を抜いたら…溶け出してしまいそう……)

大きく呼吸をして、胸が上下するのを確認する。しっかり掴めるそこから、再び音素が乖離する様子はない。

譜術の応用で周りの音素を操作してなんとか現状を維持しているものの、集中していなければ再び先程と同じ現象が起こってしまいそうなざわめきが胸を支配している。まるで不純物が混ざっているような、そんな感覚がミカルを攻める。

「……」

それとは別に、現状に対するざわめきも収まらない。
ミカルはほんの一瞬、戸惑いを瞳に映しながら俯いた。嫌な予感が止まらない。いつから?地核に入って、呼吸が苦しくなるのを感じてから?

――彼女の中での答えは、既に出ていた。

苦しそうに瞳を閉じれば、彼女の足は甲板へと向いた。


 


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