Épelons chance | ナノ



51.静けさはざわめきを




譜術障壁を発動したタルタロスは、現れた譜陣の上に乗って下へ下へと降りていく。窓から見える景色は、青空から障気の濁った紫色の空へ。そして泥の海に潜り、圧迫感のある景色は突如開放的なカラの世界へと姿を変えた。
ここが地核。魔界よりも遥か下の星の中心はとても静かな空間で、延々と明かりが続いているのは地核の影響なのだろうか。地を支える柱が幾つも下方より突き出ている。上を見れば既に魔界の海すら目にすることができないくらいに潜り続け、特徴のない風景はどこまでいっても終わらない無を想像させる。

急激に落下したタルタロスは、譜術によって守られているといえどもその衝撃は凄まじいものだった。
大きな揺れは地核の目標地点に近づくにつれて弱くなり、揺れが収まると同時にタルタロスの降下も終わっていた。



「……着いた、のか?」

片目を薄く開いて、ルークがやや不安げにつぶやく。そのようです、と艦長席から返った言葉に、皆次々に席から立ち上がった。


「…なんだか息苦しくない?」

ミカルがポツリと零すと、ナタリアも眉を寄せる。

「えぇ…。きっと、多大な圧力の中にいるということが圧迫をかけているのですわね…」
「早いとこ脱出しようや。ここにいると生きた心地がしない」

な、と目配せしてくれるガイの微笑みすらも、なぜだか今は息苦しい。
呼吸がしづらいと感じるのは、ナタリアが言うように地核の圧力のせいなのだろうか。プレッシャーを抑えるように胸を握り締めると、更に苦しくなるような感覚もある。だが、今グズグズしている訳にはいられない。限られた時間はあと少し。急がなければ、譜術障壁が消えて自分達が潰されてしまう。


「急いでアルビオールへ――」


――ゴゥ……ン


ティアが言いかけたその時、船体が小さく揺れた。鈍い轟音が聞こえると、床を照らしていた音素灯がぽつ、ぽつりと消えていく。と、同時に暗くなった艦橋内に警報が鳴り響いた。


「なんだ!?」
「まさかとは思いましたが……侵入者ですか」
「し、し、侵入者って…。ここは地核ですよぅ。どうやって入ってこれるんですかぁ!」
「おそらくは、シェリダンの港からずっと息を潜めていたのでしょう。ここで動作を起こせば、我々を確実に葬り去れる」
「ちょ…!嫌なこと言わないでください!」

アニスがイオンの腕を掴んで慌てる。しかし、その持論で言えば、相手も同様にここで死んでしまう可能性が高いのでは?そんな考えが巡るミカルの頭は、どこか腑に落ちない様子で傾いていく。

「明かりが消えたということは動力が落ちたのですわよね?わたくしたち、もしかしてこのまま…!?」
「譜術障壁自体は独立した譜術に変わりはないから平気さ。ただ…動力室がやられたってなると、そこに基盤があるはずの振動中和装置の方が不安だ。一度確認しに行かないと……」
「でもでも、侵入者は?このままあちこち壊されたら、直してる間に時間切れになっちゃうよ!」
「動力室はガイに任せて、我々は侵入者を撃退しましょう。まずは各自散って、見つけ次第知らせてください」
「わかった!」

勢いの良い返事と共に、皆扉を開けて四方へと走っていく。その面持ちには一片の余裕などない。もしもここで譜術障壁の持続時間が切れてしまえば、守られていたタルタロスは圧力によって潰され、ミカルたちは皆共に地殻の藻屑となって消えてしまう。時間がないからと言って侵入者を無視して地上へ上がってしまえば、その後にタルタロスの機能を全て破壊され、ここまで来た全ての経緯が無駄になってしまう。

そんなことになるわけにはいかないのだ。イエモンやヘンケンの死を無駄にするつもりも、自分らがここで朽ちるつもりもない。

固い決意と不安を持って、ミカルも走り出した。


 


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