Épelons chance | ナノ



50.第六が告げる音



険しい表情をした彼は、仲間が止めることも厭わずインゴベルトへ詰め寄った。

「同じような取り決めが、ホド戦争の直後にもあったよな。今度は守れるのか」

ホド。それは彼の故郷であり、今は無きマルクトの領土。
彼――ガイの表情は、一言言う毎に険しさを増した。

「ホドの時とは違う。あれは預言による繁栄を、我が国にもたらすため……」
「そんなことの為にホドを消滅させたのか!あそこにはキムラスカ人もいたんだぞ!…俺の、母親みたいにな」

インゴベルトの言葉を遮って怒鳴りつけるガイ。
ずっと言えずに、言いたくても言えずに呑み込んでいた言葉は、表情だけでなく全身で怒りを思い出させているようで。

何を思ったのか、ガイは自身の腰にかけた刀を引き抜くと、あろうことか国王の喉元に突きつけた。

「ガイ!?」
「ガイ!何をするのです!」

ナタリア、ファブレ公爵、そしてマルクト側にいたミカルも驚きに椅子から立ち上がった。しかし、彼の瞳はぶれることなくインゴベルトへ注がれる。
インゴベルトは鋭く光る刀に頭を仰け反らせるが、怖じることなく「おまえの母親…?」とガイに視線を合わせた。

「ユージェニー・セシル。あんたが和平の証として、ガルディオス伯爵家に嫁がせた人だ」

苦虫を噛み締めるような表情で「忘れたとは言わせないぜ」と続けた。


「……ガイ。復讐の為に来たのなら、わたしを刺しなさい。ガルディオス伯爵夫人を手にかけたのはわたしだ」

その声に、ガイは瞳に憎しみを色濃く映して顔を振り上げた。その先に佇むファブレ公爵は、落ち着いた様子で彼を見つめている。
彼は、マルクト攻略の手引きをしなかったガイの母を謀反人として判断を下し、手にかけたと供述した。ガイの話を疑っていたわけではないが、彼の子供として生きてきたルークは、信じたくはなかったという様子で目を見開いていた。

「戦争だったのだ。勝つ為なら何でもする。……ルーク、お前を亡き者にすることで、ルグニカ平野の戦いを発生させたようにな」
「母上はまだいい。何もかもご存知で嫁がれたのだから。だがホドを消滅させてまで、他の者を巻き込む必要があったのか!?」

剣を持たぬ手は鞘を握りしめて、あまりの力にカタカタと震えていた。
叫ばれた言葉は彼の感情を全て乗せて、肌に触れた途端に痛みがじわりと広がるようだ。彼の哀しみも悔しさも、その事実を知っている者たちからすればもっともなもの。ルークも、初めて見る親友の表情に戸惑い溺れている。
ファブレ公爵へ向けられた眼光は復讐に燃え、炎が見えてしまう程に、その目は憎しみに捉えられていた。



「――剣を向けるなら、こっちの方かもしれないぞ。ガイラルディア・ガラン」



緊迫したキムラスカ側の空気に、ピオニーが口を開いた。

「……ピオニー様?」

ミカルは、隣で静かに声を発したピオニーへ視線を移す。
いつも空気を読めずに発言をする男だが、今の彼の表情は決して場を乱すようなものではない。真剣に見つめられたガイも、怪訝な表情でファブレ公爵から目を逸らした。

「どうせいずれわかることだ。ホドはキムラスカが消滅させた訳ではない。自滅した――いや、我々が消したのだ」

消した

その言葉に、部屋に一寸の沈黙が流れた。


「…どういうこと!」

言葉の意味を飲み込むまでに時間がかかった。
ミカルが我に返った頃には、ティアが誰よりも早くピオニーへ問い叫んでいた。

「ホドではフォミクリーの研究が行われていた。そうだな、ジェイド」
「戦争が始まるということで、ホドで行われていた譜術実験は全て引き上げました。しかしフォミクリーに関しては時間がなかった」

ミカルを挟んで、ピオニーとジェイドが淡々と話していく。

「前皇帝――俺の父は、ホドごとキムラスカ軍を消滅させる決定をした」
「当時のフォミクリー被験者を装置に繋ぎ、被験者と装置の間で人為的に超振動を起こしたと聞いています」
「それで……ホドは消滅したのか……」

ガイは驚愕した様子でピオニーとジェイドをただ見つめる。
ホド戦争は、ホドが消滅したことで終結した。消滅の詳細は誰にも告げられることなく、キムラスカでもマルクトでも、キムラスカが攻め入った事で消滅したと伝わっていた。マルクト側ではその事実をキムラスカの仕業として反戦論をもみ消し、その後もキムラスカに対する憎悪が増えていったことだろう。
ガイがそうであるように。

「ひどい……被験者の人が可哀想」
「そうですね。被験者は当時11歳の子供だったと記録に残っています。ガイ、あなたも顔を合わせているかもしれません」

ジェイドが顔を上げた先で、ガイが「俺が?」と眉を寄せた。

「ガルディオス伯爵家に仕える騎士の息子だったそうですよ。確か……フェンデ家でしたか」
「フェンデ!まさか、ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ!?」

ジェイドの言葉を聞いて、ティアが驚愕した声でひとりの人間の名を口にした。「ティア、知ってるのか?」と聞き返したルークに「知ってるも何も、フェンデのとこの息子ならお前だって知ってるだろ」と口を開いたのはガイ。


「ヴァンだ。ヴァン・グランツ。奴の本名がヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ」


ガイとティア、イオン、そしてテオドーロ以外の者が全員愕然と言葉を失った。
彼が、ホド出身の人間だったということ。そして何より――ヴァンがホド消滅の為の被験者だった故に、彼は現在では封印されていた生物レプリカの存在を知っていたという事実。

思わぬ場面でヴァンへと通じた話し合いは、参加者たちに混迷を微かにちらつかせ終息した。

イオンに諫められて剣を収めたガイは、鞘にあたる柄と同時にいつもの彼に戻ったようだった。
彼の中で、恐らく『復讐する』という気持ちは既になかったのだろう。


 


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