Épelons chance | ナノ



48.空を切り、手を掴む



一夜を明けて、一行は再び城へ上がり、謁見の間へ訪れた。玉座にはインゴベルト六世。そして王を挟むようにアルバイン大臣とゴールドバーグ将軍が控え、傍らにはモースも顔を揃えていた。
仲間たちの中には、誰ひとりとして暗い顔をしたものはおらず、ここへ現れた理由はただ一つと言わんばかりの表情をしていた。


「そちらの書状、確かに目を通した」

アルバインが手に持つ、ミカルから渡った書状を目に入れてから王は口を開いた。しかし、その内容は第六譜石に詠まれた預言とは噛み合わぬもの。崩落と予言のあったものはアクゼリュスのみで、これ以上外殻が落ちるなどとは一言も残されていないからだ。

「預言はもう役に立ちません。俺…わたしが生まれたことで、預言は狂い始めました」
「……レプリカ、か」
「お父様!もはや預言にすがっても、繁栄は得られません!」

ルークが静かに訴えるのとは裏腹に、ナタリアの声が壁に反射して木霊する。
ずっと預言を頼って生きてきた人類。これからもそうして生きて、そのまま死んでいく運命をたどると決めていた。キムラスカは元より、預言にてマルクトを退け、繁栄を約束された国だった。それ故に預言を手放すことができないのも重々承知の上だ。

「今こそ国を治める者の手腕が問われる時です。この時の為にわたくしたち王族がいるのではありませんか?」

少なくとも、預言にあぐらをかいて贅沢に暮らすことが王家の務めではない。それが例え、預言に詠まれていたとしても。誰よりも国を思い、誰よりも国民を愛するナタリアだからこそ言える言葉。インゴベルトの表情は少しずつ険しくなっていく。

「……わたしに何をしろと言うのだ」
「マルクトと平和条約を結び、外殻を魔界へ降ろすことを許可していただきたいんです」
「なんということを!」

ルークが言った途端、アルバインが顔を青くして叫んだ。キムラスカとマルクトは長き時を経て尚対立し続ける敵国同士。ルークとナタリアがその調和を希望するなどと、彼らは二人を『売国奴』と罵った。

「だまされてはなりませんぞ、陛下。所詮は王家の血を引かぬ、偽物の戯言…」
「だまりなさい!血統だけにこだわる愚か者」

モースも次いで口を開くが、イオンの厳しい視線とその口調にびくりと身体を震わせた。

「生まれながらの王女なんていませんよ。そうあろうと努力した者だけが、王女と呼ばれるに足る品格を得られるのです」
「現にナタリアは、誰よりも国を愛し、誰よりも民に愛されていますわ。それがわからぬ陛下ではないはずです」
「…ジェイドやミカルの言うような品性が、わたくしにあるのかはわかりません。でもわたくしは、お父様のお傍で十八年間育てられました。その年月にかけて、わたくしは誇りを持って宣言いたしますわ」

ぐ、と握られた拳は、瞳と同等に力が込められて。
その想いの行先は、大切な父の下へ。


「わたくしはこの国とお父様を愛するが故に、マルクトとの平和と、大地の降下を望んでいるのです」


ナタリアの碧眼は真っ直ぐにインゴベルトを見据える。映える金色の髪が、彼女の頬をかすめた。王家に伝わらぬ美しい色。王は、そっと瞼を閉じる。


父と呼んだあの日

父と呼ばれたあの日


共に生きてきて、一番近くで笑い続けた二人の絆は、何ものにも変えられぬ大切な思い出。
誰にも見えない懐かしい記憶が、二人の脳裏を巡っていく。



再び目を開けた時には、国王の瞳は澄み切っていた。



「……よかろう」


たった一言口から出た言葉に、モースとアルバインは「陛下!」と驚き向き直った。

「なりません、陛下!」
「こ奴らの戯言など…!」
「だまれ!我が娘の言葉を、戯言などと愚弄するな!」

カッと怒鳴られた二人は、即座に背筋を正す。『娘』という言葉に、ナタリア自身も驚き、呆然としたままインゴベルトを見つめた。


「……お父…様…」
「…ナタリア。お前はわたしが忘れていた国を憂う気持ちを思い出させてくれた」

憂いの含まれた眼差しがナタリアに注がれる。ナタリアの肩は小さく震え、凛々しかった顔立ちも力を抜いたように少しずつ崩れていく。

「…お父、様…、わたくしは……王女でなかったことより、お父様の娘でないことの方が……ずっと、つらかった」
「……確かにお前は、わたしの血を引いてないかもしれぬ。だが…お前と過ごした時間は……お前がわたしを『父』と呼んでくれた瞬間のことは……忘れられぬ」
「お父様……!」

わっと溢れ出した涙など構いもせずに、ナタリアは国王へと駆け寄った。ずっと持っていた不安を全て脱ぎ去って、その胸に抱きつく。
インゴベルトもその頭をしっかりと抱き寄せ、愛おしそうに撫でた。それは、愛情と、後悔と、懺悔を含む手つきで。

ずっと愛を持って生きてきた父娘の絆など、血の巡りなどで切れるはずがなかった。
二人を見つめる仲間たちは、安心した表情で見守り続ける。だが、これで終わりではない。彼女たち親子は、ここから新たに親子としてのやり直しを始めなくてはならないのだ。何も知らずに過ごしてきた頃には戻ることはできないだろう。

それでも二人なら大丈夫だと、彼らは思う。
こうして周りに煽られても尚、絆を切られることはなかったのだから。

 


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