Épelons chance | ナノ



48.空を切り、手を掴む





「お父様!」



堂々と城へ乗り込んだ一行は、遣いを待つこともせずに一直線に王の私室へ走り込んだ。
大きな本棚が重なって、小さな図書室とも言えるような部屋。大きな執務机の背後には、幼少期のナタリアと思われる彼女の肖像画が堂々と、大きな大きな額縁で飾られている。縁の中で笑うナタリアはまるで花のようで、幼くも今と変わらぬ凛々しさをどこかに漂わせていた。


「ナタリア!!」

勢いよく開かれた扉と、突如現れた娘にインゴベルトは驚愕した表情で彼女の名を呼んだ。
話をしていたのであろう、隣に控えていた内務大臣が困惑した様子で「兵たちは何を…」と扉の向こう側へ目を向ける。しかし、視線の先の扉はガイの手により閉じられ、苦虫を噛み潰したように汗を流した。


「伯父上!ここに兵は必要ないはずです。ナタリアはあなたの娘だ!」


扉の閉まる音を確認して、ルークが王へ鋭い視線で訴えかけた。

「……わ、わたしの娘はとうに亡くなった…」
「違う!ここにいるナタリアがあなたの娘だ!十八年の記憶が、そう言ってる筈です!」

ナタリアの隣に進み出て言い放つルーク。その言葉は、シェリダンの朝日に当てられながら聞いた言葉。ミカルがピクリと瞳を彼へ向けると、同時にティアもルークの名を小さく呼んでいた。それを感じ取って、ルークもまた微笑む。

「記憶……」
「突然誰かに本当の娘じゃないって言われても、それまでの記憶は変わらない。親子の思い出は、二人だけのものだ」

目の前にいる者は、偽物の娘。王の記憶の中にしっかりと残っている笑顔は、彼に何を訴えかけるのか。今瞳に映るナタリアは、こんなにも哀しく苦しそうな表情をしている。インゴベルトは困惑を噛み締めるようにナタリアから目を逸らした。

「……そんなことはわかっている。わかっているのだ!」
「だったら!」
「いいのです、ルーク」


差し出された右手が、ルークの言葉を止めた。その声にインゴベルトは視線を上げる。

「お父様……いえ、陛下。わたくしを罪人とおっしゃるなら、それもいいでしょう」

まっすぐに交わった親子の瞳。ナタリアの口から出た『陛下』という言葉に、その先の瞳も大きく揺れ動いた。
ナタリアの声は以前のように震えることなく、哀しみを散らしながらもはっきりと続ける。

「ですが、どうかこれ以上マルクトと争うのはおやめ下さい」

ナタリアがぐっと胸の前で手を握ると、同時にイオンが進み出て国王と視線を交わす。

「あなた方がどのような思惑でアクゼリュスへ使者を送ったのか、わたしは聞きません。知りたくもない」

イオンの憤怒の込められた声調に、インゴベルトも、隣のアルバインもびくりと身体を震わせた。

「わたしは、ピオニー九世陛下から和平の使者を任されました。わたしに対する信をあなた方の為に損なうつもりはありません」
「恐れながら陛下。年若い者にたたみかけられては、ご自身の矜持が許さないでしょう。後日改めて、陛下の意志を伺いたく思います」

イオンに次いで、ジェイドが口を開いた。しかしその内容に「ジェイド!?」「兵を伏せられたらどうするんだ!」と、皆は一様に驚き声を上げる。

「そのときは、この街の市民が陛下の敵になるだけですよ。先だっての処刑騒ぎのようにね」


兵を構えてまた同じようなことを繰り返せば、市民たちも黙ってはいない。愛される王女は血の関わりを持たずとも王女。ナタリアが殺されたとなれば、民たちは王については来ないだろう。

「ここには導師イオンもいます。いくら大詠師モースが控えていても、導師の命が失われればダアトがどう動くかおわかりでしょう」
「…わたしを脅すか。死霊使いジェイド」

睨まれたマルクト皇帝の懐刀は、物怖じする様子はまるでなく口元に笑みを絶やさなかった。
ミカルが静かに歩み出てインゴベルト王の下へ膝をつくと、傍らのアルバインへ書状を差し出し言う。

「この書状に、今、世界へ訪れようとしている危機についてまとめてございます」

ミカルの手から受け取られた書状を目にして、インゴベルトは再びジェイドへ視線を戻した。

「……これを読んだ上で、明日謁見の間にて改めて話をする」

「それでよいな?」と問われると、皆合わせて頷いた。



「失礼致します」

口々に告げられる中、ナタリアも同じように会釈する。その口が最後に呼んだ王の呼称は、“父親”ではなく。
額縁で微笑む娘を背負って、国王は机に置いた拳を握り締めた。
 


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