Épelons chance | ナノ



46.徐と往くライオン








シェリダンに戻ったミカルたちは集会所を訪ね、予定通り計測器を渡した。すると、意外な単語が彼らから飛び出した。


「こっちは今、タルタロスを改造しているところさ」
「タルタロスを?」

思わずミカルが復唱すると、イエモンの隣でタマラが腰に手を当て答えてくれる。
タルタロスは魔界に落ちても壊れなかったほど頑丈な戦艦。その装甲なら地核に沈めるのであればもってこいの機械なのだという。彼らはそれに改造を施して、タルタロス自体を地核の振動を打ち消す装置にしようと言うのだ。

「タルタロスは大活躍ですねぇ」

嬉しいのか皮肉なのか、ジェイドはにっこりと笑いながら言う。
元々戦争の為に造られた音機関。そして、ジェイドはその鑑の艦長でもあった。彼の笑顔の裏に隠された感情は誰にもわからないが、世界のために使われることは、戦争で使われるよりもずっと有意義な使い方ではあるだろう。

「まだ準備には時間がかかる。この街でしばらくのんびりするといいぞい」

イエモンは言うと、工具を持ってタマラと行ってしまった。
ふぅ、と息を落ち着けた一同は、集会所から出ようと踵を返す。…が、


「なあ、ちょっといいか?」


一番後ろにいたガイが取っ手に手を触れた時、ルークが振り返り声を上げた。
やけに真面目な表情をしたルークに、皆どうしたのか、と首を傾げる。

「ずっと考えてたんだけど、大陸の降下のこと、俺たちだけですすめていいのかな?」
「ん?どういうこと?」

アニスがさらに疑問げな表情になると、ルークは眉間にうっすらと皺を寄せて、落ち着いた声で静かに喋りだす。

「世界の仕組みが変わる重要なことだろ。やっぱり伯父上とかピオニー皇帝に、ちゃんと事情を説明して協力しあうべきなんじゃないかって」

いつになく真面目な声で、けれども力強い声で言い切ったルークに、ティアとアニスが驚いた様子で瞳を向けた。イオンも、目を大きく開いてルークを見上げる。その口は小さく開いていた。
しかし、即座に目を伏せたナタリアの口からは、小さく弱々しい声が紡がれる。

「…ですが、そのためにはバチカルへ行かなくてはなりませんわ」

俯いて、自身の腕を握り締めたナタリア。そんな彼女へ、ルークは真っ直ぐな視線で「行くべきなんだ」と告げた。

「街のみんなは命懸けで俺たちを……ナタリアを助けてくれた。今度は俺たちがみんなを助ける番だ。ちゃんと伯父上を説得して、うやむやになっちまった平和条約を結ぼう。それでキムラスカもマルクトも、ダアトも協力しあって、外殻を降下させるべきなんじゃないか?」

ルークの瞳は右から左へと、ゆっくりと動いた。
ジェイド、ナタリア、アニス、イオン、ミカル、ガイ、そしてティア…。一人一人と視線を交じり合わせながら、その言葉への想いを直に伝えていく。

初めて会った時の彼は、ひどいものだった。
『バチカルへ帰りたい』ただそれだけで、国同士の問題になど関心を持っていなかった。親善大使として遣わされた時も、彼は敵国の“協力”ではなく、自身の目的のためだけに動いていただけ。
国の情勢に無頓着で、見向きもしなかった彼が、今こうして最も大切な部分を誰よりも先に提案した。彼を見る皆の瞳は、驚きと、そして歓喜で満ちていく。

「……ルーク!そうよ。その通りだわ!」

ミカルが大きく頷いた。

アクゼリュスで人々から目を背けた彼はもういない。
こうして変わった背景には、たくさんの、数え切れない程の犠牲があるのも皆はわかっている。だからこそ、彼が変われたのも、変わろうと努力したのも理解していた。人はそう簡単には変われない。それでもルークは、彼自身の考えで、気持ちで、はっきりとその行先を示したのだ。

元々は敵国の王族。その位の人間から、こうしてピオニーの提示した『平和条約』の締結を再度持ち出してもらったこと、ミカルは誰よりも喜び顔をほころばせた。
ティア、アニス、イオン、ガイも、同じように頬を上げる。
だが、そんな中で一人だけさらに俯き影を落とす人物がいた。

「……少しだけ、考えさせてください」

ナタリアは未だ腕を抱え、震えるように言葉を紡いだ。

「それが一番なのはわかっています。でもまだ怖い。お父様がわたくしを…拒絶なさったこと……」

ぐ、と瞳を瞑ると、彼女は扉の前にいたガイを避けて先に出て行ってしまった。力なく離された取っ手の向こうで、「ごめんなさい」と聴こえた気がした。


「仕方ない。ナタリアが決心してくれるまで、待つしかありませんね」

後ろ姿を見送ってから、ジェイドが眼鏡を押し上げた。
無理もない。キムラスカ王を説得するには、ナタリアは再び擬似の親子関係について言い争わなければならないだろう。『偽りの親子』の苦しみ。ミカルは、ナタリアの後ろ姿にどこか自分と似通ったものを感じていた。

「どのみちタルタロス改造で時間もあるんだ。今日はこのままシェリダンに泊まろうぜ」

ガイは気を遣って扉を開けた。


どちらにしてもキムラスカへは行かねばならない。ナタリアには、それに付いてくるのか否かを決める時間が必要だ。

誰もがナタリアを気にかける中、漆黒の少女は身を抱いた。
他人事ではない問題に、自身も決着をつけなくてはならない。その身を抱きしめてゆっくり顔を上げると、扉を支えたままの青年が微笑んだ。 

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