Épelons chance | ナノ



46.徐と往くライオン




「……っ」


岸壁に垂れ下がる草にしがみついたアニスの片手を、ティアが間一髪で掴んだ。
が、ティアも軍人だと胸を張っても、ひとりの女性。女の片腕にかかるには、アニスは大きすぎた。表情を歪めても、手を離すわけにはいかない。しかし、自分の力では彼女を引き上げるには……。

く、と辛くなる腕に歯を食いしばって思い切り引き上げようとした時、誰かの腕がティアのものと重なった。


「ガイ!?」

真横に現れた顔に、ティアも驚きを隠せなかった。
ガイの手はしっかりとティアと、そしてアニスの腕を掴んでいる。

「…くっ!」

密着する身体にか、それとも力を込める為か、表情を崩したガイはアニスを一気に引っ張り上げた。
草の上に下ろされたアニスは顔を青くして脱力し、憔悴した表情で二人を見上げる。

「ティア、ガイ…ありがとう」

引きつらせながらも、口元だけわずかに笑う。
「わたしは…」とティアは力なく首を左右に振った。生死の瀬戸際を味わったのだ。彼女もドクドクと大きくなる胸を押さえて、大きく深呼吸を繰り返していた。
そんな脱力する三人に、他の仲間たちが駆けてきた。

「アニス、大丈夫!?」
「アニス!」

イオンとミカルがぐったりしたアニスに駆け寄り、その顔を覗き込んだ。
冷や汗をかきながらも彼女が笑うと、その笑顔に二人は安堵の息を漏らす。



「それよりガイ、あなた…」

傍らに同じく座り込んだガイへ、ティアが顔を向けた。
彼はその言葉に反応するのでもなく、ただ呆然と自身の両の手を広げて見つめている。

「…さわれた……」

何度も何度も瞳の開閉を大きく繰り返す。
口を開けたまま誰よりも驚いている様子の彼を、走る勢いのままルークが背中に手のひらを叩き落とした。

「よかったな、ガイ!」

バシッと良い音を鳴らしてそのまま肩を掴むと、大げさに身体を揺する。

「偉いですわ。いくら過去のことがあっても、あそこでアニスを助けなければ見損なっていました」

ルークと同様、ナタリアもとても嬉しそうに笑顔で彼のことを見つめた。
未だに自分から触れたことに驚いてはいるガイはゆっくりと呼吸を落ち着けて顔を上げた。そして、目が合ったアニスへ朗らかに微笑みを送る。

「…ああ、そうだな。俺のせいでアニスに大事がなくてよかったよ」

そう言って土草を払いながら立ち上がるガイを見上げる。徐々に表情を柔らかくするアニスは、口元で両手を丸めて身をよじらせた。

「や〜ん、アニスちょっと感動v」

うっとりとした瞳をガイへ向けるアニス。
そんな彼女を見て、ジェイドがにっこり笑って言った。

「ガイはマルクトの貴族でしたねぇ。きっと国庫に資産が保管されていますよ」
「ガイーvいつでもわたしをお嫁さんにしていいからねぇv」

瞳に宿る色がたちまち輝きに変わると、ガイは後ずさって「……遠慮しとくわ」と引きつった笑顔で眉を下げた。

「それよりアニス。あなたはもう少し落ち着いた方がいいですね」

イオンが立ち上がり、アニスに手を差し出して言った。一瞬ポカンとした表情をした少女はすぐさま自分で立ち上がって「ごめんなさぁい」と眉を下げる。
ナタリアも、走り回るのは子供らしくて良いことだが、危険な場所であることを指摘した。ここは平和な街中ではなく、野生の魔物もいる渓谷。今回自身の欲を優先したのは間違いだった。

「だな。もっと女らしく淑やかを目指したらどうだよ」
「はぁ〜?ルークにだけは女がとやかくって言われたくないんですけどー」

にこやかに注意したルークに対して、アニスは鼻で笑いながら反論した。
「何だと!?」「何よぉ!」互いに腰に手を当て言い争う声は渓谷中に木霊する。


「ガイ」

どこか楽しそうに論争する二人から離れて、ミカルはガイへ近づいた。その表情にはいつもよりもさらに穏やかな微笑みを携えて。

「おめでとう。アニスを助けてくれてありがとう」
「いや…ミカルのおかげでもあるんだ。ありがとな」
「わたしは何もしていないわ。ガイの成長でしょ」
「たまに付き合ってくれてただろ、特訓」

女性恐怖症を治すための、密会。ミカルとガイは皆に隠れて、度々二人で会っていた。
日に日に進歩はしているものの、なかなか成果は出ず、少し前にやっと自力で触れるようになった程度だった。それでもこんなにあからさまに触れることが出来たのは初めてのことで。今回のことで嬉しかったのは、ガイはもちろんのこと、ミカルも負けず劣らずの感動を覚えていた。だが…

「でも…これでもう、わたしは必要なくなってしまうわね」
「……ミカル?」

胸のあたりに感じる違和感に、思わず小さく呟いた。苦笑いする少女に向けて、ガイは聞こえていなかったのか、不思議そうに首を傾げる。

(……喜ばしいことなのに、何かしら。ざわざわする感じ…)

妙な空気が流れそうになった時、隣で話していたアニスがいきなり、興奮気味にワっとガイへ押し迫った。

「ねぇ!ガイって伯爵様なんだよね?お屋敷ってどんな感じ!?」
「んなな、うゎぉおお!?」

ガイは瞳を煌めかせた少女から反発する磁石のように瞬時に飛び退くと、すぐ傍にあった岩の陰に隠れた。
情けない悲鳴で空気は止まり、アニスの瞳から黄金色がなくなっていく。「えぇー…」と小さく息を吐き出すと、「全然変わってないじゃん…」と眉を下げた。それを見て、皆が笑う。


「……」

ミカルもまた、岩陰で震える身体を瞳に映して、どこか嬉しそうに苦く笑った。


■skit:ガイ父ちゃんとミカル母ちゃん 


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