猫になりたい【2】



 一夜明けて、早速、華はミドリの家に向かって出発した。

 朝食もしっかり食べて、今日の天気もチェックした。昨夜は一舞を喜ばせることだってできたし、こんなに晴れているんだから悪い日になんてなる筈がない。まるで不安な気持ちを掻き消すかのように自分に言い聞かせた。


 そういえば、夜の街で待ち合わせることはあっても家に遊びにいったことはほとんど無かった。うっかりしていたが、ミドリの家の場所がうろ覚えで、いったいどの方向に向かえばいいのかわからない。


「うわぁ…アホやなあたし…」


 いつもの道を辿って方向だけでもどうにか見極めることはできないだろうか。そう思いついて、繁華街へ続く道を進む。

 大丈夫。危険だと感じたらすぐに戻ればいい。まだ午前中だし、嫌な奴には遭わずに済むはずだ。思っていたよりも昨夜のアレコレはダメージが大きかったらしく、普通の通行人にさえビクつく自分が情けない。

 仕方がないので、なるべく人目に着きにくい場所で一旦休憩しつつ、いつもミドリが来る方角を思い出す。


(…んー…………あ)


 確か、以前ミドリの家に遊びに行った時、ここからそう遠くないからと言われて付いて行った気がする。その時に見たのは結構大きな一戸建てで、親が留守がちだからよく溜まり場にされるのだと言っていた。


(この近くでそない大きな家建てれるような場所言うたらあそこしか無いな…)


 とはいえそう頻繁にうろつくような場所でもない、確たる証拠も無い記憶である。仕方がないのでいつもなら寄り付かない交番へ、道を尋ねるために立ち寄ってみることにした。

 普段暗い夜道で怒鳴りながら追いかけまわされることしかない相手だ。また何をしでかしたんだと嫌な態度をとられると思っていた。だからその勢いに負けないよう若干斜に構えて、少々強い口調で派出所の中へ向かって声をかけた。


「オマワリさーん!おるー?」

「はいはいー今いくで待っててやー」


 拍子抜けするほど呑気なその返事は派出所の奥から聞こえてきた。なにやら手が離せなかったのかドタドタと忙しない音がして、ガラリと開いた扉から出てきたのはやはり見慣れた顔の警察官だった。


「はいはいーっと。ん?なんやキミ見たことあんな」

「うん…まあ、よう追いかけっこしたで。オマワリさんと」

「おいかけ…ってなんや、夜中に遊びまわっとる子ぉか。ははは、追いかけっこやてよう言うわ。おっちゃんアレしんどいねんで」

「せやろな。あたしもしんどかったもん」

「そうかぁ?若いのに何を言うやら。で?こない昼間に珍しいな。どないしてん」

「うん。ここらでよう一緒に遊んどった子の家探してんねんけどな。場所がうろ覚えやって困っててん」


 昼間に会う警察官というのはこんなにも友好的なのかと驚いた。というか今の彼女はなにも悪いことなどしていないのだから当然と言えば当然である。

 派出所の外にまで出て親切に方向を教えてくれた警察官。その意外な笑顔に手を振って、ようやく目的の場所への道が繋がった嬉しさで小走りになる。ただし、思いついた場所で合っていればの話である。もし違っていたら、今日もミドリには会えないかもしれない。

 時刻はそろそろお昼になろうという頃だ。夜になる前に家に帰らなくてはならないだけに、華はとても焦っていた。













 たくさん歩いて、大きな家が立ち並ぶエリアに到着した。この中に見覚えのある家があればビンゴ。そうでなければまた振り出しである。一軒一軒その外観をじっくりと確かめながら、綺麗に整備された道をひたすら歩く。

 かれこれ何軒目であろうか。確かに繁華街からそう遠くは無かった、だがこれだけ大きな家が並んでいるとその距離感というのもよくわからなくなっていた。そろそろ近隣住民に怪しまれてしまうのではないか、そんな心配が過った時。華の瞳がそれを捉えたのである。

 見覚えがある。自分の家のような古い木造住宅にはない洗練された佇まい。黒い壁に白い屋根、広い芝生の庭にガーデンテーブルやブランコなどが配置されているというなんとも洒落た外観は、以前来た時にも殊更感動した覚えがあった。


(これや!ミドリん家!)


 良かった。わからないなりに頑張ってみるものだ。安心したは良いものの、さてミドリは家にいるのだろうか。

 デザイナー住宅というものだろうか、そろそろと緊張しながら近づいた扉の色や素材も珍しいもので、以前も驚いたものである。呼び鈴を鳴らそうとする手が震える。伸ばした手を一度引っ込めて、深呼吸を一つ。再びそのボタンめがけて人差し指を差し出した。


「…」


 『ピンポーン』と、扉の向こうから呼び鈴の音が聴こえる。反応を待つが何も起こらない。しかし、ここまで来て一度で諦めるなんてできない。もう一度ボタンを押すと、今度は誰かが階段を下りてくるような音が微かに聴こえた。





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