子供じゃないけど【4】



「誰が人殺しや。まあ殺ってもうても良かったんかもしらんけどな」


 吐き捨てるようにそう言ったこの男はいったいどこの誰なんだろうか。

 それはそれは恐ろしい怒りのオーラを纏って目の前に立っているのは紛れも無く一舞の筈なのだが、今までこんな彼を見た事がない華は、助けてもらった筈なのに身震いが止まらない。


「一舞…やんな?」

「あ?他に誰が居んねん」


 確かめるように尋ねた言葉をキツい声色で返されて更に縮み上がる。

 本当にこの男は、本当に本当の一舞なのか。まさかの偽物だったら尚更怖い。


「こ、こっわ…なんでそないに凄むねんな。確かめたなってんから仕方ないやんか。もう…てか、その格好…」

「…はぁ。てかそんなんどうでもええやろ。それよりお前…どうも無いか」

「え…あ…う…ん」


 「お前」なんて、普段はまず呼ばれない。ますます偽物なんじゃないかと疑わしくなるが、心配してくれているのはわかったし、助けてくれた人に対していつまでもおかしな態度では失礼だ。華はとにかく素直に返事をして、恐怖で立たなくなっていた腰を上げようと努力する。

 一舞はムスッとしながらも、すぐに彼女を引っ張り上げて立たせると、衣服に付着した汚れを払い落し、怪我が無い事を確認すると手を引いてその場から連れ出してくれたのだった。





 終始無言のまま。繁華街を歩きながら、駅で電車を待ちながら、電車に揺られながら。家に着くまでの間、ずっと手は繋がれたまま。


「…早く風呂入って寝ろ」


 家の前に着いた途端。不機嫌な言葉と共に突き放された。


「……一舞?」

「俺は疲れてんねや。子供は早よ家帰れ」

「………嫌や」

「また襲われたいんか」

「ちゃう。一舞と居りたい」

「………」


 眉間に皺を寄せて不機嫌な表情だった一舞の目が途端に見開かれた。鳩が豆鉄砲を喰らうとはよく言ったもので、正直にわがままを言った華の言葉に何かを射抜かれ、先程までの怒りや苛立ちまでもが吹き飛んでしまったのである。


「…てかソレが仕事の格好なん?」

「……あ…あぁ」

「泥だらけになる仕事なんやな…大変やな」

「…そう…やな」

「……」

(テンションおかしい。何やその微妙な返事)


 静まり返る深夜の田舎町。そろそろ朝が近いのか肌に触れる空気が少々冷たく感じ始めた頃合いである。早く家に入って寝てしまわなければ、華はともかく一舞は次の仕事が辛くなるだろうに。

 自分が一舞に対してどんな凄い事を言ったのか全くわかっていない華は、普通に会話ができない違和感に首を傾げていた。


「一舞は仕事の格好で飲み屋街に居ったんやな」

「…仕事終わりで先輩と…飲み行ってたからな」

「未成年ちゃうん」

「…今日…ハタチなったし」

「えっ!?誕生日なん!?」

「……そうや」

「うわ!おめでとう!あ、アカンあたし知らんかって何も用意してへん」

「………」

「どうしよ、何か欲しいモンある?1日遅れてしまうけど明日用意するから言うて」

「………」

「…一舞?」

「………」

「なぁ…欲しいモン無いん?」

「………あぁ、俺は………………………華ちゃんが欲しいわ」

「はっ!?」

「ふはっ、ほんま可愛いな」


 いつもの一舞だ。

 やっと笑ったその顔を見て華は安堵した。この顔が見たくてわがままを言った。この笑顔を見ないと一日が終われない程に、彼女の中でそれはとても重要だったのだ。

 ずっと繋がれていた手を荒っぽく離されて寂しく感じていた。見たことの無い雰囲気の彼に抱いた恐怖の感覚など、彼の手から伝わってきた体温のおかげで、何時のまにか消えていたから尚更である。

 しかし、それにしても…


「は?え、あたしが欲しいて、どういう」

「なぁんてうっそ。俺の欲しいモンは中学生のお小遣いでは買えへんし」

「じゃあ何か作ろかな」

「何作るん?華ちゃんて不器用やった気ぃするんやけど」

「不器用で悪かったな」

「ふははっ、すまんすまん」

「…」

(はぁ…可愛い)


 せっかくの誕生日なのに、何かあげたいのに。なんだか自分ばかりが貰っているような気がして情けなかった。

 自分は子供ではない。その筈だが、それなのにここまで何もできないなんて子供扱いされてしまうのも無理はない。それがまた悔しかった。


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